浦戸大橋遠景

 後日知ったが、この豪脚夫婦、かなりの歩き遍路が走っているところを目撃して大きな噂になっていた。

 真偽のほどは定かではないが、トレーニングのため東京から八ヶ岳の中腹に移り住み、世界各地の山岳マラソンに参戦しているアスリート夫婦とか。今回はお四国巡拝を『走り遍路』でという計画。ところが2日やったところで──つまりあの焼山寺道を打ち終えたところで──このペースではとても最後までもたないと全行程の走り遍路を断念したが、その日の調子をみながら所々走っているらしい。いやはやいろんなお遍路さんがいるものである。

 16日目、深夜まで降り続いた激しい雨は朝までに上がったものの曇り。天気予報では次第に回復し午前中には晴れ。但し、それに伴い強風注意。嫌な予感。今日はショートカットの県営種崎渡船には乗らず、竹林寺前のおばちゃんやタクシー運転手の勧めに従い桂浜に寄り道してから33番寺(高知市長浜)、34番寺(同市春野町)、35番寺(土佐市高岡町)を回る25キロの行程。前日に痛めた左股関節は一晩寝ても回復せず、両足の小指も痛む。女房もほぼ丸一日雨に打たれたせいか、疲れが残ってもう一つ元気がない様子。予定通り歩けるか、ちょっと心配だ。

 湾三里地区の海老庄旅館を7時出発。20分ほどで大きく弧を描きながら海面から最高50mで湾口をまたぐ浦戸大橋にいたる。全長約1・5キロ、橋梁部だけで915m……文字通りの堂々たる大橋。資料に歩道は両側に75㎝ずつとあるが、実感はせいぜい60㎝。人ひとり歩くのがやっとの幅しかない。朝の通勤ラッシュ時とあって、真横を通勤の車やトラック、ダンプがひっきりなしに走り抜ける。大型車が通るたびに風圧に煽られよろけそうになる。欄干の手すりに掴まって、後ろを振り向くと女房も顔が強張っている。こっちはおまけに高所恐怖症、できるだけ遥か下の海面は見ないようにして、足の痛みに耐えながら必死でわたる。これで天気予報通りに強風が吹いてきたらと思うとゾッとした。

 旅の間、数えきれないほど多くの橋を渡った。浦戸大橋は遠望すれば現代的に洗練されたスマートな美しい橋なのだが、こと歩道に関しては四国ワースト1。これはぼくら夫婦の個人的感想ではない。折角ここまで来たのだから有名な桂浜の坂本龍馬像を見ておきたいと、寄り道する歩き遍路は結構多い。そしてほとんどの人が大橋の歩道に恐怖を覚えるようだ。

 こんな狭い歩道を両側につけるより、片側一カ所にまとめたら倍の幅員が確保でき、はるかに安全になるはずなのだが……。車優先の道路行政の歪みなのか、机上の計算のなせる技なのか判らないが、ともかく浦戸大橋は見てくれはよいものの、そのじつ歩行者泣かせの悪橋なのである。

 どうにか大橋を渡り、階段を上って公園の遊歩道を進むと、龍馬記念館前の広場に出た。開館までまだ随分間があるので辺りはひっそりと静まり返っている。トイレを済ませベンチでちょっと一服してから、坂本龍馬像、そして人影まばらな桂浜に降り立った。

 7年ぶり。前回、大型連休に車で訪れた時は快晴、海はべた凪。気温は5月初旬だというのに28度もあって初夏なみ。龍馬記念館を見学し文庫本の書簡集を求め、桂浜水族館ではスズキの仲間でヒラスズキよりも体高の高い、四万十川河口などに棲む眼が赤い魚『アカメ』の実物と待望のご対面をし興奮したことを鮮明に覚えている。

 今日の桂浜は頭上をの雲に覆われた。昨夜の大荒れが残り、逆巻く波がドドーンとを立てて砕けるや、白波が一気に押し寄せる。これで風があったら波しぶきで濡れるだろう。なるほど、そこには7年前とは全く別の顔、男性的だがやや神経質そうな桂浜があった。

 半時間はいただろうか、桂浜を後にして今度は大橋の下をくぐり浦戸の集落を歩く。1時間弱で雪渓寺に到着。道から殆ど段差のない、札所としては珍しい境内。思わず女房がもらす。「雪渓寺さんは何てやさしいんやろ」。(西田久光)