初日から途中雨に降られて遍路道

  3月1日早朝、娘に中川駅まで送ってもらった。いよいよぼくら夫婦にとって人生最長となるであろう50日の旅の始まりである。

   6時18分発の近鉄特急で大阪へ。難波でバスターミナルのあるJRなんば駅に向かうが、連絡通路OCATの表示がよくわからず少し迷ってしまった。9時10分発の高松行き阪急高速バスで約2時間、予定通り11時18分に鳴門西パーキングエリアに到着。

 雲行きが少し怪しい。バスの運転手の話では4時頃までは持ちそうとか。空を仰ぎながら身支度を整えリュックを背負って1・5キロ先の第1番霊山寺(鳴門市)めざし歩き始めた。

 初心者の悲しさ、地図帳の見方がよくわからず早くも道を間違える。わずか1・5キロに30分もかかってしまう始末。境内に入るとお参りの手順はもちろん、頭陀袋の中身も頭に入っておらず、右往左往。

 開経偈に始まり般若心経など12節で構成する巡拝勤行の内、まともに言えたのは大師宝号「南無大師遍照金剛」と津観音の結縁灌頂で覚えた三摩耶戒真言「おんさんまやさとばん」の二つだけ。後はもうシドロモドロ。消え入りそうな声で誤魔化してみたが、隣の人は高らかに朗々と勤行。お粗末さが恥ずかしかった。

 いい加減な勤行をどうにか終えて、納経所で納経帳と判衣に印をもらった。やれやれ。しょっぱなからどっと疲れた。 ただ初回組はみんな似たりよったりらしく、栃木から来たという初へんろ男性も「手順がよくわからないですね」とこぼす。難波でOCATを探すのに苦労したというのも同じ。20キロの歩きトレーニングをして体重が7キロ落ち血圧も下がったとかで、これもぼくらと同じ。2番極楽寺、3番金泉寺と一緒に歩いた。

 3番まで来るとシドロモドロなりに勤行も落ち着いてきたが、ポツポツと雨。ここで栃木さんと別れ、ぼくらは4番大日寺まで5キロの道のりを急いだ。やがて本降り。神社の軒先を借りて合羽に着替え仕切り直し。雨は1時間程であがったものの雨雲はべったりなので合羽のまま続行。

 大日寺のお参りを済ませ門を出ると、5、6人を引き連れ名古屋ナンバーのワゴン車で巡拝の先達さんが寄ってきて「歩きですね。頑張って下さい」と数個のアメを差し出す。初のお接待、ありがたく頂戴した。

 今日の行程は12・6キロ5カ寺。初日なのでしっかり余裕を持たせてあったつもりが参拝に手間取り、5番地蔵寺(板野町)を終えて門前のへんろ宿『民宿森本屋』に着いたのは4時48分。5時までには入りますと連絡しておいた時間ギリギリだった。玄関を開けて「すみません」と声をかける。奧から現れたのは70代とおぼしきおばちゃん。

   まずお杖を洗わせてもらっていると、「納経時間はもう終わりだけど、地蔵寺さんの境内にほかに何人かいたかね」と聞く。確か再会した栃木さん1人だったが6番の近くで泊まると言っていたことを告げると、何やら思案気。

 今日の客はぼくら夫婦を入れて4人の予定。1人は4時頃にまだ1番にいるのでとキャンセルの電話があった。もう1人、女の人から連絡がないと言う。時間からして既に夕食の準備に入っているはず。それで困っているのかと思いきや、「何もなければ良いんだけど……」と客の安否の方を気づかうのだ。

 先に風呂に入り6時夕食となったが、件の客は現れない。「たぶんキャンセルでしょう。電話も寄越さないなんて非常識ですね」と言うと、 「キャンセルなら良いんだけど……何もなければ良いんだけど……」

  連絡なしのドタキャンに怒るでも嘆くでもなく、さっきと同じように客の身を案じるのである。

 結局、そのまま朝を迎えた。森本屋は1泊2食つきで6千円、利益はしれていよう。こんな宿に迷惑をかけるとは何事ぞ!ぼくも女房も本気で腹が立ち、おばちゃんに水を向けた。それでもやっぱり「いや、何もなかったなら良いんだけどね……」

 人間の格の違いを知らされた第一夜だった。

                                                                                                                                     (西田久光)