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6時40分、ビーチ発。次の札所龍光寺(宇和島市三間町)まで42キロ強。1日では無理なので宇和島城前のリージェントホテルまで31・4キロの行程。6日ぶりの30キロ超え。途中、標高470mの柏坂(柏本街道)と200mの松尾峠、二つの峠越えがある。
海岸線を通る国道56号に対し、ほぼ一直線に山越えする遍路道の柏本街道は2キロ短い。一方の松尾峠、56号は途中1710mの新松尾トンネルがあるものの遍路道より少し短く、標高もやや低いようなので、前者は遍路道、後者は国道ルートで越えることにした。
歩き始めて15分、国道に別れ脇道に入り更に10分、柏坂遍路道に差しかかる。ここまでに1名、登り始めて体が暖まりだした頃に更にもう1名の中年男性遍路に追い越された。みなさん健脚だ。2キロほどで標高400m、柳水大師のお堂に到着。トイレがあるので小休止。ここからもう一息でトップを越え、6キロ下って国道56号に合流する。
柏坂遍路道の特色は、全長約8・5キロの随所にベンチやトイレが設置されていること。木々を切り払い宇和海が見える展望所も一カ所ある。人海戦術で部材を担いで急な山道を上がったのか、地元の方々のご苦労に頭が下がる。もう一つ特筆すべきは道中退屈させまいとする心配りなのか、道端の随所に地元の民話を紹介する説明板が立っていること。そのほとんどが下ネタなのはご愛嬌だ。
11時10分、宇和島市津島の遍路小屋で早めのお昼休憩。隣に地元の土産物販売所があり、ビーチで頂いた赤飯おにぎりに加え、あんこ入り蒸しパンを買ったらおばちゃんからお茶と月餅風のお菓子のお接待を頂いた。日陰だと寒いので日向ぼっこをしながら昼食。土産物販売所は土地の人たちが頻繁に出入りし、格好の溜まり場となっているようだ。時々大きな笑い声が聴こえてきた。
11時55分発、残りはまだ18・7キロもある。柏坂で予想外に時間を食い、国道を急ぐ。松尾峠、国道と遍路道の分岐点の手前で、お杖ではなくトレッキング用のストックを両手に握ったノルディックスタイルで歩く50前後の男性遍路に追いつかれた。ストックの握りの下の部分に般若心経全文が書かれている。お遍路グッズにこんなのもあるの?と思いきや手製のシールを巻き付けたのだと言う。相当の凝り性か。
川崎の人。去年の春に初遍路。室戸岬手前15キロで足が痛くてリタイア。秋にそこから打ち直し、今回は宿毛から始めて3日目という。両手に負荷がかかるノルディックスタイルは連日長距離を歩き続け、また急峻な下り坂も多いお遍路には不向きかと思うが、当人は大股で結構リズムよく歩いている。この人には合っているのかも。
遍路道を行く川崎さんと別れいよいよ歩き遍路最長の新松尾トンネルへ。緩やかにカーブし出口は全く見えない。幅1mほどの歩道を歩く。交通量は多く脇を車が通るたびに風圧を受ける。時折前方から轟音を挙げて大型トラックが迫る。これは恐怖だった。
それにトンネル内の空気は排気ガスが充満して予想以上に悪い。入口からわずか200mを過ぎた辺りで頭痛がしだした。これはヤバイ。振り向けば女房も顔をしかめている。「早よ抜けよ。急ぐぞ」と声をかけスピードを上げる。練習中も経験したことのない早足だ。時々女房を確認。二人とも必死の形相で黙々と歩く。やがて出口が見え、力が湧く。1710mを20分弱、時速6キロで抜けた。外の空気は美味しい。
4時、宿まで2キロ弱、もう安心。喫茶店でトイレ休憩。ぼくが用を足している間、女房がママから不吉な情報を聞いていた。数日前、一組の夫婦遍路が立ち寄った。疲れ切った様子。奧さんが先に足を痛め、止むなく旦那が二人分の荷物を背負ったら遂に旦那も潰れてしまい、ここが限界。通しを諦め他日を期すことにしたと。「浜松の夫婦かも…」と女房。ぼくは小指の血豆で地獄の一週間があった。女房も一日バスに乗った。明日は我が身だ。お大師さんに、後22日なんとか足をもたせてと祈るばかりである。 (西田久光)
2011年5月12日 AM 4:57