高齢化社会と言われたのは、この前のこと。今では〝超高齢化社会〟となり、県内でもあちこちにデイサービスや高齢者専用賃貸住宅ができている。それに伴い、高齢の方や障害の方が病院や各目的地まで乗車できる、いわゆる介護・福祉タクシーも頻繁に走る。
 福祉タクシーは、歩行困難者や交通弱者の外出を支援する、福祉・介護の専門業者。お年寄りをはじめ、障害を持つ人達の日常の足として、病院や施設等への移動の足として、車イスやストレッチャー利用者でも乗降できる機能を車に備えている。
 「ドア・ツー・ドア」、「ベッド・ツー・ベッド」 高齢者や障害者がありのままの生活から外出を可能にすることを基本にしており、乗務員による介助技術も大切である。
 私は、その福祉タクシーを開業して今年で一年。これまでは開業している先輩にイロハを教わり、営業もし、自分で実地で勉強しながらここまで来た。それまで、介護の現場で教わったことも今では大いに生かされている。と言っても、55歳。まだまだこれから頑張らねばならない。一日のうちにお会いする、これまでにご乗車いただいた方や、はじめてお会いする方と、乗降や介助を通して会話することが非常に楽しみであると共に、今日一日どのような出会いがあるのか、良い意味で緊張を覚えるし、安全な乗車、介助を心がける。
 お客様に気持ち良く乗車していただくため、きちんとした挨拶はドライバーの基本。車イスや手介助で注意して乗車させていただき、目的地へ向かうわけだが、道中常に安全運転を心がけ、時間を計りながら、到着した後は、乗車運賃をいただいて目的の場所へさらに事故のないように、車椅子や介助で注意しながらお届けする。実にいろいろな作業をこなすわけだが、これらの中でお客様とのふれ合いがあるし、やりがいを感じる。
 一方で、タクシーというだけに、事故のないよう心がけるための精神的、技術的な努力や、その日の事業運営収入など、少々ドロ臭い独特の感覚も持ち合わせる。また、訪問する介護の現場でも、私の営業に対してあまり理解していただけない場合もあれば、利用者の側でもこのようなサービスがあること自体知らなかったという人もいる。
 ある病院の午前の時間帯は、介護、福祉タクシーの事業者が客を乗降させるのに列をなすこともある。マナーの遵守も大切だし、介護も引き受ける福祉タクシーの運転手は、病にも気をつけねばならない。病は気からというが、この業種は病は肉体からともいえる。時には腰を痛めることも。
 ある日、家内がそっとくれた梁石日氏著「タクシー・ドライバー日誌」を時間があればページをめくる。1986年初版だから、今のタクシー料金とは比較にならない時代だが、ドライバーが日々送る心の喜びや心身の悲痛な現実は、まさに自身にあてはまるのだ。 時には、文章に表せないような搬送依頼もあるし、深夜の搬送依頼も。寝床にいる時は、お客様を長時間待たせている錯覚に陥る。これまで毎夜飲んでいた酒も、今やノンアルコール。
 同時に自身の心も磨けと、毎朝トイレ掃除をして、〝きれいな心〟で出勤するのだが、その日の売上げは後からついてくるのだと、とにかく真心で働かせていただくことに徹する。
 ある日、乗車いただいたお年寄りが「病院からの帰りだし、施設の食事以外のものが食べたい」という。何がいいですか?と尋ねると「うなぎか、天ぷらが好き」と話す。お年寄りは大抵、あっさりしたものが好みと思い込んでいたが、意外な話に、「それでは、ぜひ」と、天ぷらの専門店へ直行した。食事の際、そのお年寄りは「食べたかったから、本当においしい。幸せよ」と、満面の笑みを浮かべて満足。その顔が、素敵だ。
 福祉タクシーとは乗車するだけでなく、人と人をつなぐ心のバロメーター的存在でもあるが、ボランティアでは成り立たない。車の維持費やガソリンの高騰など、思う以上に経費がかかる。だから、行政的支援、財政的補助が必要だ。
 行政と事業者が一体として取り組み、将来さらに需要が増加するであろう介護・福祉タクシーに、政治ももっと耳を傾けて、移送サービスの法制度体制を強化すべきである。
(大森 成人 日本福祉タクシー協会会員、はあと福祉タクシー)