回想の鉢植えの話です。先ずは「カンノンチク」。今から40数年前、私が県庁企画部の新参ヒラ職員のころのことです。私は、体質的に酒はまったく駄目です。「飲まない」のではなく「飲めない」のです。ところが当時は、公私何かといえば酒席が多く、ために私は、酒のお付き合いができないのが苦痛で、今風に言えばウツのような状態になってしまいました。
 そんな私をあわれと思ってくださったのでしょうか、同じように酒が「飲めない」上司の一人が、ある日私を県庁玄関ホール脇に呼び出して、酒席で苦労をした自分の経験話をしてくださりながら、「カンノンチクの鉢植えは酒を好む、君の代わりに飲んでくれるから」と冗談まじりに言って、カンノンチクの鉢植えをくださいました。
 樹勢が弱った松の古木の根元に酒を注ぐと、生気が戻る話を聞いたことがあります。この上司は、三重大学農学部のご出身でしたから、カンノンチクが酒を好む話は、本当だったかもしれません。
 わが家には、酒類は置いていません。よって酒は与えなかったけれど、持って帰ったカンノンチクは、何度かの株分けを経て今は大小7鉢に増え、玄関脇の一番背が高いのは一mを超えて、わが家の目印になってます。
 鉢植えの植物は、「手を見る」というそうです。「手を見る」とは、育て主の違いによってうまく育つ場合とそうでない場合があるということとか、くだんのカンノンチクが下戸の私の手に合ったのは、あの時の上司の思いやりの心がこの鉢植えにこもっているせいでしょう。
 ついでながら、図鑑によるとカンノンチクは「竹」ではなくフェニックスやシュロなどと同じ「椰子」の仲間、鑑賞用植物として愛でられ多くの園芸品種があるそうです。
 次は「ハイビスカス」。今から30数年前、県庁で初めて窓際に席をもらった時のことです。お名前も知らない清掃のおばさんが、「お祝いに」と言って小さなハイビスカスの鉢植えを新しい脇机の上に置いて行ってくださいました。たしか、安濃町か白山町の農家の方で、おだやかな笑顔が今も目に浮かぶ優しい人でした。
 ハイビスカスは、窓越しの陽をもらって大きくなり美しい花をつけました。木が育って鉢が窮屈そうになったので、何度目かの転勤のおりに自宅に持って帰り、ハイビスカスはわが家の住人になりました。その後は、古くなった根を一年おきに削ぎ落し、木の成長に合わせて鉢を大きくして土を入れ替え、大切に育ててきました。ずいぶん大きくなってたくさん花をつけ、通りがかりの人にほめられたこともありました。
 ところが、数年前から根元のところの幹が朽ちて欠け落ち、樹勢に衰えが見え始めました。天候不順のためか今年は特に衰えがひどく、夏になっても小さな新芽しか出て来なくて心配です。あのおばさんの親切を思い出しながら、今年も花をつけるよう毎日祈るような気持ちで水やりをしています。
 専門家にたずねたところ、ハイビスカスの和名は《仏桑華》、漢名の《仏桑》に「華」を加えて名づけた由、中国では仏事に用いたかもしれないとのこと、本州では寒さのため戸外での越冬は無理だそうです。わが家では、ずっと戸外に置いていたので寿命を縮めたのでないかと思います。今年も花をつけたら、越冬対策を考えないと仏罰が当たります。
 友人、知人、そして肉親も段々居なくなり、体力も気力も日ましに寂しくなってくるこのごろです。そんなおりに、思い出が詰まった「回想の鉢植え」の手入れをしていると、理由の分からない切なさが心の中をかけ上がってきて、胸が熱くなる時があります。
(大原 久直 元・三重県総合文化センター副総長兼文化会館長)