津市美里町平木に、NPO法人サルシカ=奥田裕久隊長(47)=の活動拠点であり、トレーラーハウスやウッドデッキ、ピザ窯などを備えた「秘密基地」が完成。先月21日にオープニングイベントが開かれた。
奥田さんは6年前、同町にUターン帰郷し、人口減少などで衰退する集落の将来を危惧して、5年前に同団体を設立。地域活性化を目的にインターネットで地元の情報を発信している。
秘密基地は町内外の人が集える場をと、間伐材や古い電柱などを活かし、昨年から、のべ120名の協力を得てつくられたもの。イベント当日は300名近くが来場し、落語や鼻笛、同町の魅力を紹介する写真展示などを楽しんだ。
同団体は今後、HP内にポータルサイト「美里プロジェクト」を立ち上げ、情報発信力を強化する。秘密基地は会議のほか、朗読会や、ワインとピザを楽しむ会など様々なイベントの会場として活用する予定。
「人を集め基地をつくること自体がイベントだった。お金がなくても自分達でできたことが誇らしい。イベントは、おじいちゃん、おばあちゃんも喜んでくれたのが一番」と奥田さん。
2013年5月9日 AM 4:54
NPO法人サルシカのメンバー、〝すずきっくす〟こと鈴木勝さん(35)は、隊長の奥田裕久さんらが昨年発案した「三重ロータレ化計画」の下、ローカルタレントとして三重テレビに冠番組を持つため奮闘中!
この計画は150万円の募金を集め、同局で、今年10月から12月まで週1回、5分間の番組を放送しようというもの。
鈴木さんは津市出身で津市NPOサポートセンター職員。根っからの〝へたれキャラ〟だが、真面目で地元愛が強く、テレビは観るのも出演するのも大好き。昨年までZTVの番組に出演しローカル情報を発信していたが番組が終了してしまい、酷く落ち込んでいた。
そこで、奥田さんらがこの計画を立て、市内外の知人を訪ねての募金活動をサポート。鈴木さんは、自分にお金を託してもらうというプレッシャーと戦いながらも、先月下旬までに40万円近くを集めた。
冠番組が実現した場合について鈴木さんは「自分の言葉で話すためには撮影にその場所を訪れたいけど、範囲が県全域だと行くのが難しいかも…」と、どこまでも真面目に話している。
2013年5月9日 AM 4:53
津市大門の恵日山観音寺(津観音)内にある大宝院の本尊「国府阿弥陀」は伊勢神宮の天照大神の本地仏(同一存在)として江戸時代には国民的な信仰を集めていたが、その姿を描いた江戸期の仏画が兵庫県で見つかり、長い時を経て同院に還座した。この画を江戸での出開帳(本尊の出張)の際に祀っていたことを示す資料も一緒に見つかっており、伊勢神宮の式年遷宮の年に津観音を盛り上げる力にもなりそうだ。
現在は観音堂内の正面左側に祀られている「国府阿弥陀」は、永禄11年(1568年)に戦火で焼失していた大宝院を織田信包が観音寺境内に再興した際、現在の鈴鹿市国府町にあった寺院から移し本尊としたと言われている。神仏習合の中で光を司る神性が伊勢神宮の祭神・天照大神と共通することから本地仏とされ、伊勢神宮参拝が一生に一度のビッグイベントだった江戸時代には「阿弥陀に参らねば片参宮」と言わしめるほど信仰を集めた。そして、伊勢まで足を運べない人のために江戸や大阪で出開張も行っていた。
このたび還座したのは、その如来像の姿を写した仏画で、津観音住職で大宝院院家の岩鶴密雄師の下に昨年末頃、仏教芸術に造詣の深い知人から「この仏画は元はそちらの寺にあった物なのでは」という連絡があった。知らせと共に送られてきた画像を確認すると神々しくも穏やかな表情で描かれている仏の上には「勢州安濃津国府阿弥陀佛」の文字が添えられており、画と共に残っていた文書にも大宝院の塔頭(子院)の一つである千王院が四条流を開いた呉春の最古参の門人で仏画師として活躍した紀廣成=1777年~1839年=に描かせたことなどが記されていた。更に寺に記録として伝わる嘉永6年(1853年)の江戸での出開帳の際、この画を将軍や諸大名の前で披露したということまで分かった。
岩鶴師もこのような画が存在することは全く知らなかったため、兵庫県尼崎市まで赴き、実物を確認。その後、持ち主と交渉の末、晴れてこの画が津に戻ってくることとなった。岩鶴師も「仏様が津に帰りたがっていたのだと思う。寺のイベントに合わせ環座法要をしたい」と喜ぶ。
この画が津を離れた時期は不明だが明治初めの廃仏毀釈の頃だとすれば、約140年ぶりの還座で、20年に一度の伊勢神宮の式年遷宮のこの年というのもドラマチック。10月に向け、全国から観光客が伊勢神宮を訪れる中、津観音を盛り上げる力にもなりそうだ。
2013年4月25日 AM 5:00