辰水神社のジャンボ干支「午」

美里町家所の集落から望む長谷山

 1月29日14時、前回から約2カ月ぶりとなる自転車旅。4日目は前回寄った安濃町草生の「比佐豆知菅原神社」付近よりスタート。
 これほどまでに日時が開いてしまった理由は単純。日程調整が上手くいかなかったからだ。当たり前のことながら、私とM君が丸一日ないし、半日を自由に動ける日であることに加え、天候の問題もあり、調整の難しさを今更ながらに思い知らされている。
 さて、言い訳じみた話はここまでにして、話を本題に戻そう。いつものごとく自転車を車から降ろして出発。県道28号亀山白山線を西へ進むと、間もなく美里町。同町船山から高座原に向うが、山道特有の上り坂と下り坂の繰り返し。走り始めこそ少し苦しかったが、透んだ空気と山間の景色の美しさも手伝い、すぐに楽しさが勝ってくる。
 同線を途中で東に曲がり穴倉からグリーンロードを横切る。少し進むと家所の辰水神社に到着。神社前に設置してあった『午』のジャンボ干支が出迎えてくれる。この干支は地元の有志による「ふるさと愛好会」の皆さんが毎年つくっているもの。今回で29回目ということもあり、鮮やかな手つきで発泡スチロールを形成していく制作現場の様子には、思わずほれぼれしてしまう。この干支の人気もあって、小さな神社にも関わらず、毎年正月には多くの初詣客で賑わっている。
 この日、この場所に立ち寄ったのは、個人的な理由もあった。それは先日、不幸な事故で帰らぬ人となった20年来の親友の遺影に使われた写真がここで撮られたものだったからだ。この正月に奥さんと、ここに初詣にきて、ジャンボ干支を背に映る彼は本当に幸せそうな笑顔を浮かべていた。彼とM君とは私を通じて、たまに会う程度で、それほど親しい間柄ではなかったが、突然の別れにかなりのショックを受けていた。
 ジャンボ干支の下をくぐり、社殿まで続く長い階段を一段登るたびに、様々な思いがこみあげてくる。ほんの些細な出来事や、なにげない会話の一つひとつがこんな形で〝思い出〟に変わるなんて、思いもよらなかった。神前に立つと、二拝二拍手一拝の作法に従い、友の冥福を祈る。葬儀から日が経つにすれ、徐々に気持ちは落ち着いてきたものの、心の奥底に澱のように積もった悲しみは多分、消えることはない。沈んだ表情の私の隣でM君は「きっと向こうは凄くいい所なんやで。今まで誰も帰ってきた人はいないし、うちの親父も便りのひとつもよこさないからな」とつぶやく。私は無言でうなずき、静かに参道を引き返す。
 今日を楽しく、そして大切に生きる。それが遺された私たちにできる最大の弔いだと思う。私は精一杯の笑顔をつくり、自転車にまたがると、勢いよく家所の集落の中を駆け抜ける。少し進んだ辺りで「次はどこへいくの?」と後ろからM君の声。私は振り返ると、東に見える山を指さしながら「あの電波塔があるあたり」と応える。そうこの日の目的地は長谷山だ。(本紙報道部長・麻生純矢)