2014年3月

 先週号第5面の津西ライオンズクラブの助成団体の記事中、「ボランティアサークル」の所属先が『高田短期大学』とあったのは『三重短期大学』の誤りにつき訂正します。

一志町でのガイド…今月の津市歴史健康ウォークで

長谷山の調査登山に参加したメンバー

 

 この3月で、津市観光ボランティアガイド・ネットワーク協議会(略称=津観光ガイドネット)が設立して丸2年を迎えさせて頂いた。設立当初は12グループだったが、現在では香良洲と榊原が加わり、14グループが旧10か市町村全域で活動している。
  振り返れば三重県の音頭で「みえ歴史街道構想津安芸久居一志地域推進協議会(後にみえ歴史街道構想津地域推進協議会に改名)」が設立したのが平成12年7月。翌年3月に推進計画として『みえ・まんなか学のすすめ~わが町から歩いてみよう~』を刊行。その中でボランティアガイド(以下ボラガイド)の育成が今後の課題として浮上した。
 これが始まりである。以降、地域自治体と、また平成の大合併で新津市が誕生して後は各地の総合支所と歴史街道協議会が連携して養成講座を開いたり、地域で既に活動していた郷土史グループに働きかけたり、あるいは市民が自主的にグループを結成するなど各地に徐々にボラガイドが誕生した。
 こうした中、津市観光振興課からの要請もあり平成24年3月、津観光ガイドネットが設立した。歴史街道協議会の一役員としてボラガイド担当を務めてきた経緯から私が初代会長をお引き受けすることになった。
 歴史街道でボラガイドの必要性を提唱した当時は、ボラガイドは全国でもまだ一部の観光先進地だけで活動していた(県内では関と桑名)。あれから十数年、今や観光地に地元ガイドはあって当然、なければ不思議がられるほどで観光インフラの一つとなっている。
 津市は際立った観光地ではないが、ボラガイドが市内外の人達を案内させて頂いた人数は、23年度約1万人、24年度は約1万5千人を数えた。地元の人間が地元の歴史・文物・景色などを語りながら現地を案内することで、それまで何でもないと思ってきた風景が、奥行きのある豊かな風景に変貌する。それこそが最高のおもてなしであろう。
 ボラガイドはこうした活動をするために自身が暮らす地域の歴史を学び、また地域の良いところ、財産を掘り起こす生涯学習者であり、来訪者にそれを伝えるだけでなく、地域の子どもたちに伝える郷土文化伝承者としての役割も担っている。こう捉えると純然たる観光地でなくてもボラガイドは活動できる大きな場を持っているのである。
 津観光ガイドネットは現在、津市観光協会から事業委託を受け、津商議所・津市商工会・津北商工会などとの共催により『津ふるさと学検定』を行っている。地元市民を中心に県内外から多数の受検者があり、第2回目の昨年は初回受検者からの要望に添って事前に全14回の現地学習会を行い好評を博した。その成果で現地学習会に参加した人は全員合格。更に皆出席した男性が見事120問全問正解の快挙を成し遂げた。今年も14回の現地学習会を開く。本番

屋根が銅板葺きの新本殿と、お白石を敷く参加者

 16日、津市香良洲町の香良洲神社で、『お白石持ち祭』があった。
 これは、4月21日に行われる式年遷座(社殿を新しく造り替える20年に一度の神事)に先立ち、新本殿の敷地に「お白石」を敷き詰める行事。
 一般参加可で、通常は立ち入りできない瑞垣御門に入り、中にある本殿を真近で見られる貴重な機会とあって、家族連れなど多くの人が訪れ、朝から、境内に本殿へ向かう行列ができるほどだった。
 新本殿は、ヒノキ材を使って建設され、屋根は旧本殿が茅葺きだったのに対し、銅板葺き。鰹木や千木にも銅板と美しい金具が施されて神々しい雰囲気で、参加者は、「立派なもんやなあ」などと感嘆の声を上げて見入っていた。
 また境内では、津市商工会による神酒や、津市消防団香良洲方面団によるつき立ての餅の振る舞いもあり大勢の人で賑わった。
 同方面団では毎年2月に町内で餅つき大会を開いているが、今年は神社の要望を受けこの日に実施。松島昇団長(66)は「以前、神社で落雷による火災があったとき、私達も消火に携わり、神社との強い関係ができた。今日は子供さんらがたくさん来てくれて、盛況でありがたい」と話した。

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