2014年5月

看板を手にする中川さん(左)ら青年団のメンバーと子供達

 今月10日から上映中の、林業に従事する若者の青春を描く映画「WOODJOB(ウッジョブ)!~神去なあなあ日常~」に登場する「神去村」は、林業が盛んな津市美杉町がモデルで、昨夏、同町で撮影が行われた。
 同映画のPRに取り組む『WOOD JOB!神去村青年団』=真伏敏男団長=では、このことを広く知ってもらおうと、11日、同町八知で開かれた「美杉むらのわ市場」の会場で、来場した子供達と共に「ようこそ神去村へ!」などと表示した看板を、数枚制作した。今後、津市白山町との境など美杉町の入り口3ケ所に設置される。
 同青年団は、今年3月、同映画を盛り上げると共に過疎・高齢化が進む美杉町の活性化に繋げるために発足。同映画のロケに関わった町内外在住の70名が所属し、記念館での来場者の案内などを行っている。
 看板は、美杉産のヒノキ材と、絵の具で制作された。板部分のサイズは縦約50
cm・横約2mのものが主で、デザインは、子供達が自由な感性で描いたカラフルなものなど様々。
 何れも、町外から訪れる観光客などを歓迎するのにぴったりの力作だ。
 同青年団は、今後、同映画のロケ地をバスで巡るツアーのガイドとしても活躍する。事務局の中川穣さん(28)は「これから、もっと美杉が元気になれば。この映画によって林業に興味を持ったり、移住してくる人が増えればと思う」と話している。

 市役所が用意する住民参加の一つとして、市民会議、市民懇談会のたぐいがある。福祉のまちづくりとか、ゴミゼロといった特定のテーマで設けられることもあるし、メンバーが自由にテーマを決めてよい場合もある。
 私は長年勤務した国土交通省を辞め…自由な立場になったのを期に、今までとは違う視点から「住民参加」を実践してみようと考えた。ふるさと津市では難しかったので、現在、住んでいる川崎市の「麻生区区民会議」に公募委員として参加することにした。2年前のことである。
 任期が始まり、二つの部会に分かれて活動することになったが、私は自分がやりたかったテーマに近い「安全・安心のまちづくり部会」に所属し、思うところあって部会長を買って出た。
 この部会では、「大地震から助かる命を守る」というテーマで検討することになった。阪神・淡路大震災では、地震発生直後に亡くなった犠牲者約5500人の95パーセント以上が建物の影響で亡くなっている。 主な原因は、火災と家屋の倒壊と家具の転倒である。その中で、区民会議の性格を考え、区民(市民)の立場でできることとして、あえて「家具の転倒防止」に焦点を当てることになった。
 役所と同じような議論をしていても意味がないので、区民会議らしい活動として、地域に出てモデル事業をやろうと提案し、個人宅にモデルになってもらい、実際に家具固定工事を行い、その成果を普及しようということになった。
 市民自ら市民に呼び掛けるのだから、顔の見える関係で簡単に協力世帯が集まるかと思ったが、実際にはかなり苦労した。家具の転倒は心配だという声はよく聞くのだが、ではやってくれるのかというとそうでもなくて、他人が家の中に入ること、家の中を見られることへの抵抗が大きいようで、「家の中が散らかっているから」という断り文句を何度も聞かされた。それでも、なんとかマンション6戸、戸建て13戸の協力世帯を確保することができた。
 このモデル工事を行うためにはプロの協力が不可欠だった。幸い、地元の明治大学建築学科の先生を知っていたので、いい建設会社を紹介してもらうことができた。また、個人で家具転倒防止の普及に取り組んでいる奇特な方と以前に会ったことがあったので、思い切って連絡を取ってみたら快く協力してくれることになった。
 こんな経緯で、19軒のお宅に専門技術者とともに伺い、家の中のすべての家具や電化製品を固定して差し上げた。ご家族は納得・安心できる家具固定を、しかも無料でやってもらえたということで、心から喜んでくれた。私たちも、家具転倒防止対策の専門知識や技術がたくさん得られたし、今後普及していくためのノウハウもいろいろと得ることができた。モデル事業として実際に現場に入って手を動かしたからこそ分かったことがたくさんあったのである。現在、その成果を「普及啓発パンフレット」として取りまとめている。
 たまたま私の専門は建築なので、これらの取り組みをリードできた面もあるが、あくまで「市民による取り組み」を基本線とし、メンバー同士のチームワークを尊重することを貫き、今までの、そして他区の区民会議よりもはるかに素晴らしい成果を挙げることができたと思っている。
 事務局を務めてくれた麻生区役所も、最初は前例のない活動にブレーキを踏むこともあったが、成果が出てくるに従って協力的になり、よくサポートしてくれた。専門技術者の献身的な協力も区民会議メンバーの熱心な取り組みも有り難かった。まさに様々な関係者が一丸となって連携協力することで素晴らしい成果を上げることができるという典型例になったと思う。 一方で、委員の中には、欠席が目立ったり、ろくに発言しなかったり、自分の主張に固執し和を乱す委員もいたが、あえて批判せず、粘り強く話し合いに努めた。このあたりの効率の悪さや体制の不確定さが住民参加の難しい一面だろう。それを承知で取り組むことで、「住民参加」も一歩一歩進化し、広がっていくのではないだろうか。
 今回は川崎市での経験をご披露したが、どの街にも住民が主体的に取り組むまちづくりの可能性は大いにあるので、今度は津市あたりでお役に立ちたいものだと思っている。
村主  英明(津市出身。川崎市在住。㈱日本建築住宅センター研究開発部長)

 4月22日、津藩祖・藤堂高虎公を主人公とした大河ドラマの早期実現を求め、滋賀・愛媛・三重の3県と甲良町・今治市・伊賀市・津市の4市町の行政・民間団体が、東京渋谷のNHKを訪れ請願を行った。今回は津藩江戸上屋敷ゆかりの千代田区「神田和泉町」の歴代町会長3氏が応援に駆けつけ、お膝元の東京からも大河ドラマ「藤堂高虎」実現を要請した。

 平成14年、14万人署名を添え、江戸時代の設計者・日本一の築城家と評される藤堂高虎公を主人公とした大河ドラマの実現を要請して以来、NHKへの請願は今回で9回目。
 請願団は、公の生誕地・滋賀県甲良町から北川豊昭町長、山本日出男観光協会会長(元町長)ら、伊勢伊賀転封の前任地で今年7月第8回高虎サミットを開催する愛媛県今治市から菅良二市長ら、伊賀市から尾登産業振興部長、津市から前葉泰幸市長、田矢修介議長ら、3県庁からそれぞれ観光関係職員、川崎二郎代議士代理(岸田秘書)、NHK大河ドラマ「藤堂高虎」を誘致する会(西田久光代表)、同会と共に今年3月1日「津城復元の会」を結成し募金運動を進める津・お城の会(小菅雅司事務局長)、津市議会お城議連(青山昇武会長・西山みえ・岩脇圭一・小林貴虎各市議)、藤堂藩五日会(齋藤正和会長)、ときめき高虎会(村田修会長)。
 更に今回は東京都千代田区の『神田和泉町』町会から15代(当代)会長・宮沢敬則、14代・金田守正、12代・早見勇の3氏が応援に駆けつけた。同町は神田明神の祭礼・神田祭で一番神輿を出すことで知られる粋でいなせな〝江戸っ子〟の町。明治時代、町内の約半分を津藩江戸上屋敷が占め、高虎公もここで亡くなっている由緒から、歴代藩主藤堂和泉守にちなみ『神田和泉町』と命名された。町内には和泉小学校や和泉公園もあり、藩邸跡地の一角には現在YKKが社屋を建築中。近くの神田川に架かる橋は和泉橋という。
 総勢32名の請願団は、安齋尚志制作局長、大加章雅第2制作センター長、若泉久朗ドラマ番組部長、岸本多万重津放送局長に対し、まず西田大河ドラマ誘致の会代表が、大河ドラマ誘致運動と並行して津城復元の募金運動が始まったこと、7月には今治市で8回目の高虎サミットが開催されることなど関係市町・県での誘致気運の高まりを披瀝し「機は既に熟している」とし、今年企画が決定される2016年の大河ドラマにぜひ高虎公を採り上げて欲しいと懇願。安齋局長に請願書と、高虎公の築城術を12ページにわたり特集した雑誌『歴史人』4月号を参考にと手渡した。
 続いて前葉津市長が、津市美杉町で長期ロケした映画『ウッジョブ!』に対して行った津市の官民あげてのサポート態勢、おもてなしを紹介。大河が実現した時には必ず全力でサポートすることを表明したのをはじめ、一人ひとり全員が各々の想いを熱く訴えた。
 これらに対して安齋局長は「熱意とおもてなしと看板と、非常に良く揃っていることは了解しました。地元の協力がないと長いドラマは創れない、必須のものだと思っている」と言い、また現場トップの大加第2制作センター長は、かつて『不熟につき』を伊賀上野城で撮った時の思い出などを披露し、「高虎は大河をやっている者には必ず浮かんでくる人物。主君をいろいろ変え生き延びてきた。ビジネスマンから見ても非常に示唆に富む、情報の中でどう生きていくか、作り手にとっては非常に作り甲斐がある。戦国武将の中で面白い切り口で出来る人物であるのは間違いない。いつやる、絶対やるとは言えないが、ドラマ部の人間は戦国時代では高虎さんを無視して勉強はしていないということはお伝えできる」と応えた。

三重テラス店頭で津城復元をPR

 この後、津の市民団体5団体は、この日、津市が高虎公をテーマに『つデー』を開催していた日本橋三越前の三重テラスに移動。2階の『つデー』イベント会場、1階・名産品販売所への来場者などや道行く人達に対して店頭で津城復元への募金協力を呼びかけるチラシを配布した。

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