津市の指定史跡「雲出井」

津市の指定史跡「雲出井」

式年遷座も記憶に新しい「香良洲神社」

式年遷座も記憶に新しい「香良洲神社」

 私とM君は木造城跡から田園の中を走る道をのんびりと北東へ進んでいく。11月の風はひやりと冷たいが空からは包みむような優しい日差しが降り注ぎ、私たちを照らしてくれる。ペダルから動力部に送り込む力の量に比例して体が少しずつ温まってくる。
 しばらく自転車を走らせると、用水路に古びた石垣が施されている場所に到着する。これが津市の指定史跡である雲出井だ。この用水路を手がけたのは津藩祖・藤堂高虎公が育て上げた土木・水利のプロフェッショナル・西島八兵衛で、雲出川下流域の慢性的な干ばつを解消すべく、延長約13㎞にも及ぶ大工事の末に完成させている。用水路の3分岐点のすぐ近くにひっそりと建っている水分神社には八兵衛の霊が祀られており、水を手に入れることがどれだけ大変で、人が生きるために必要なものなのかを再認識できる。
 その後、私たちは香良洲町へ向うべく自転車を走らせる。途中、紀勢本線の線路を横切り旧伊勢街道を南へと進んでいく。どちらも往時は、多くの人々が利用していたが今は、その役割を別の交通手段に譲っている。十年一昔と言うが、人の世の移ろいのなんと早いことか。今は自動車が全盛だが、化石燃料の枯渇や環境意識の高まりがあれば、自転車が準主役くらいに大抜擢されることだって充分あり得ると思う。
 旧伊勢街道を途中で東へ曲がり、国道23号を横断。県道香良洲公園島貫線を東へ進んでいくと雲出古川にかかる香良洲橋がみえる。ここを渡ればいよいよ香良洲町だ。
 とりあえず、スマートフォンで地図を開き、М君に香良洲町の地形と今日のルートを簡単に説明する。M君はうなずきながら「綺麗な三角州やなぁ」とつぶやく。まずは香良洲神社に向ってまっすぐ進んでいく。ここの祭神は伊勢神宮の天照大神の妹神・稚日女尊。昨年、20年に一度、社殿を建て替える式年遷座が町をあげて行われたことは、記憶に新しい。それに伴う費用は氏子の寄付によってまかなわれており、地域にとってどれほど大切な存在として捉えられているかは想像に難くない。
 M君にこの当たりの情報をかいつまんで説明した後境内へ。無神論者を自称してはばからないМ君の神仏を参る姿勢は独特。賽銭は軽く放り投げるように入れ礼も角度が浅く非常にそっけない。それに対して「きちんとお参りすれば良いのに」と諭すと鼻で笑われることもしばしば。だがこの日は違った。
 まだ新しい社殿の前に立った彼の動き自体はいつもと大きな差異はないが、その背中には氏子たちの誇りと熱い思いに対する敬意がにじみ出ているように見える。この姿だけを見れば、まだまだ不遜と言われても仕方ないが、彼の姿をいつも見てきた神様は「やればできるやん」と思わず微笑んだに違いない。 (本紙報道部長・麻生純矢)