出勤時、コートのポケットに手を入れたら、何か入っていた。取り出すと黒くて丸くてつやのある種が五個。この前このコートを着た日に採った、歩道に張り出していた木の種だ。
 裸木だったので木の名前は分からない。種を触るとポロポロとこぼれたので、ポケットに入れたのだった。種というものは、なぜか私をわくわくさせる。持って帰って、蒔いてみたい。どんな芽が出るか確かめたい。
 ポケットの種を一つひとつ蒔いていくことにした。木が生えても邪魔にされないような場所、植え込みの脇や、花壇の端に、種を投げた。土をかけたり、水をやったりするつもりはない。
 言わば、鳥になった気分。鳥が木の実を食べて、フンと一緒にその種を落とすように、私はポケットの種を投げて行く。運に恵まれれば、芽が出るだろう。
 勤め先の花壇のランタナの隣にも一個。春から秋までピンクの花を咲かせるランタナは、ずっと前に私が投げた種から育った。今では一メートルほどになっている。剪定の人が形よく整えてくれているのをみると、邪魔にされているわけではないらしい。
 この黒い種から芽が出たら、どんな花が咲くだろう。引っこ抜かれるかもしれないし、喜ばれるかもしれない。私のポケットは、この種の可能性を広げる手伝いをした。        (舞)