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2015年3月
大晦日に親友の舩井勝仁氏から一本の電話があった。ちょうど、伊勢神宮で年越しの篝火の御奉仕をさせていただくための準備で禊ぎを終えたところだった。
「赤塚さん、正月の三日に東京に来て!」
聞けば、二人の共著である「聖なる約束」を読まれた方から勝仁さんに電話があり、イスラエルに行くことになったが、その前にこの本の著者に会って話が聞きたいとのこと。
その電話の相手は、安倍晋三総理の奥様、昭恵夫人で勝仁氏の父、船井幸雄先生と昭恵さんのお父さんの時代からのご縁なのだそうだ。
混み合う満席の新幹線で約束の品川のレストランに向かった。一人でタクシーに乗ってやって来られた昭恵さんは、穏やかな中にもまぶしい光を放つ素晴らしい女性で、新年の挨拶とともに会話は進んでいった。
昭恵さん、勝仁さん、私の三人は、ビールのピッチも上がり次第に話も熱を帯びていった。エルサレムでの首相公式行事の間、フリーの時間があるが、どこに行くのがいいだろうか?と、訪ねる昭恵さんに私はためらうことなく「エインカレム(ぶどう薗の泉)」イエスの母マリアが洗礼者ヨハネの母エリザベツを訪ねた場所にある「訪問教会」をおすすめした。
これから来るべき新しい世界は、男社会の戦い、競い合う荒い波動ではなく、女性性の潤い、喜び、生み育てる母性の柔らかな波動の時代にならなければならないと思えるから、女性性の喜びの波動に満ちた最高の場所だとお伝えした。それから、ほろ酔い気分で昭恵さんはこう言った。
「私はね、家庭内野党って呼ばれてるのよ。年末で予定いっぱいあるのに何でこんなときに選挙なんかするのよ!って言ったら主人が珍しく声を荒げて、怒ってね。僕は命を懸けてるんだ!ですって。どうして、男の人は総理大臣になんかなりたいのかしら。本当に自由もないのに。だけどね赤塚さん、私いろんな政治家を間近で見てきたわ。ほとんどの人が顔が変わってゆくの。そう、悪くなるの。でもね主人は、付き合ってた頃から顔が変わらない。いい顔。だから本当に素晴らしい人だと思ってる」。
そして、「来年ね、サミットがあるでしょ。伊勢でできたらいいわねって彼と言ってるのよ。でも、三重県が手を挙げないのよ」とビックリすることを言われた。
三重に帰った私は、三重県がサミットの誘致に名乗りでることを毎日祈った。
三週間ほどして、新聞で三重県が立候補したことを知った。
よし!三重県がんばれ!神宮に行き御神楽を奉納して私は強く祈った。
建国以来二六七五年の歴史を持つ世界最古の王朝国家、日本。物質と力が支配する世界から、大調和の世界へとシフトする灯明台となる役割の国、日本。
神道は、宗教を超えた神ながらの道、感じる世界であり、諸宗教和合の光なのだ。
想像してみよう。世界の首脳が、「世界に平和の風が吹きますように」「地球が一日でも命永らえますように」「すべての宗教が手をつなぎますように」と、祈る姿を。そして、その場所は世界で唯一、二千年生き続けている人類の聖地、伊勢神宮しかあるまい。
神楽殿から出て、携帯電話を見ると私のフェイスブックにメッセージが届いている。
なんと、鈴木英敬三重県知事からではないか!
「赤塚さん、ありがとうございます。まさに人類の聖地というこの地で育まれた共生の精神性を世界にメッセージとして出せることを最大のアピールポイントとしています。ずっと水面下で調整をしてまいりまして、少し遅くなりましたが、昨日表明いたしました。外務省から、遅れたことは全くハンディにならないと言われていますので、しっかり誘致実現に向けて頑張ります。応援よろしくお願いいたします!」。
伊勢で世界の首脳がやまとこころにふれることから、新世界は始まるにちがいない。日本民族心を合わせ、伊勢の国でのサミットの実現を祈ろうではないか。
(赤塚建設㈱社長)
2015年3月5日 PM 4:53
NPO俳句みえは3月8日(日)~13日(金)、ポルタひさい2階市民ギャラリーで、第4回東日本大震災復興支援俳句絵コンクール「夢の俳句絵復興賞展」を開く。
被災地の子供達に復興への思いや、夢を込めた俳句絵を制作してもらうことで復興を支援するのが目的。4回目となる今回は昨年4月1日から7月30日までに福島県の小学児童約1000名から約1000点の作品を募った。
その中から36作品が入賞し、三重県知事賞には、福島県会津若松市立永和小3年、小貫蒼依さんの「今日もまた スイーツ作り みんなにこにこ」。津市長賞には、同県鏡石町立第二小5年、明坂翔君の「いつまでも 平和にくらす ふるさとで」。芭蕉俳句文学館賞には、同県会津若松市立永和小3年、安部陽太君の「火事発生 火の中にはいって たすけあい」の各作品が選ばれた。
期間中は、会場に応募作品の中から数十点を展示する。NPO俳句みえの光野及道代表は、「被災に負けず、たくましく成長している子供たちの姿と思いを感じて頂きたい」と呼びかけている。
2015年3月5日 PM 4:47
津市香良洲町の「香良洲神社」=大河内重利宮司=の境内にこのたび、同神社に関する文献や衣装などを展示する『資料室』が完成し、一般開放されている。 同神社では昨年、20年に一度の「式年遷座」があった。その前後には「お木曳き行事」などの関連行事が行われ、何れも、氏子である約1200世帯の町民の尽力で成功を収めた。
一方、この資料室は、約15坪。神社で結婚式を行う際の写真室として昭和47年に造られたが、その後、挙式が減って使われなくなり倉庫のようになって老朽化していた。そこで、氏子から集めた神社管理費で昨年秋から年末にかけて改装した。
そして、前氏子総代の岡野允美さん(72)が保管していた神社やその周辺の木版画や、明治・大正・昭和時代のお木曳き行事の“音頭さん”が着た陣羽織、3年前に落雷した同神社の本殿の千木の一部などを展示。氏子などによって守られてきた神社の歴史と伝統を、次代に伝える資料室へ生まれ変わった。
氏子総代会長の田中茂さん(70)は、「これだけの資料があったのかと思ってもらえると思う。お参りの帰りに寄ってください」、また岡野さんは「御遷座という大きい行事ができたので、持続していきたい」と話している。
見学時間は9時~17時。 問い合わせは同神社☎津292・3905へ。
2015年3月5日 PM 4:44