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1日、津市藤方の御殿場海岸で、市立藤水小学校=葛西隆校長=が海浜学習として、藤水幼稚園と合同で、毎年恒例の「たて干し」と清掃活動を実施した。
地域に伝わる漁法「たて干し」に関心を持ったり、清掃で環境保全の大切さを実感することなどが目的。同小の全学年の302名やPTA、同園の園児と保護者、地域住民が参加。子供達は、丁寧に清掃を行ったあと、たて干しで勢い良く泳ぐタイなどを捕まえて、「楽しかった」と満足げだった。その後、やみ汁の昼食を皆で美味しく味わった。
2015年6月19日 AM 11:35
ここまで芸濃、安濃、美里、白山、美杉、一志、久居、香良洲の順で、残すところは途中まで来た津と、河芸のみ。読者の方からお便りで、この場所に行ってほしいというリクエストも頂いていたが、ルートの都合で寄れなかったことは深くお詫びをしたい。
5月8日10時頃。自宅がある鈴鹿から津まで来た足でそのまま最後の旅へと赴く。身体もほどよく温まってすこぶる調子が良いが、それだけに少し寂しい。
ご愛読頂いている読者の方々には、重ね重ねのお詫びになるのは非常に心苦しいことがあるからだ。というのも、ここまで一緒に走ってくれたM君が仕事の都合で、一緒に走ることが難しくなったからだ。〝戦友〟を欠いてのフィナーレは不本意極まりないが、どうかご了承頂けたら幸いだ。
我が社からフェニックス通りを挟んだ斜め向かいには、アーケードの入口がある。ここから大門大通り商店街に入っていく。平日の午前中ということもあり往来に人影はほとんどなくアーケードに沿って並ぶ店舗も所々、取り壊されており、そこから差し込む光が商店街の衰退という厳しい現実をより鮮明に照らし出している。中心市街地の活性化が市政の優先事項として掲げられて久しいが様々な問題が複雑に絡み合って生まれた現状を打破することは、想像以上に難
しい。ただ、熱い思いを持って、この問題に立ち向かう人々も多く、いつかは好転することを信じている。
ゆっくりとアーケード内を進んでいくと、突き当りには言わずと知れた日本三観音の一つである津観音。神仏習合の時代には祀られている国府阿弥陀如来が伊勢神宮の天照大神の本地仏(同一存在)として広く信仰を集めていたこともあり、伊勢参りに集まる全国の旅人が参拝に訪れた。その後、戦災で堂宇ことごとく灰燼に帰したが、長い時間をかけ復興を重ね、今の姿にまで蘇っている。
自転車を降りて境内に入ると、掃除に精を出している副住職の姿が見えたので遠目から挨拶をする。少し言葉を交わし、道中の安全を祈るため参拝。境内を後にする。今日もできる限り楽しんでいくとしよう。(本紙報道部長・麻生純矢)
2015年6月19日 AM 11:32
食器棚を片づけていたら、子どもたちが小さい頃使っていた箸置きが出てきた。豚だの猫だのゴリラだの。懐かしくて、それから毎日、猫の箸置きを使っている。テーブルに小さな猫が寝転んでいるのを見ると、つい微笑んでしまう。
箸置きは楽しい。小さいながらも存在感がある。かわいいもの、おしゃれなもの、遊び心のあるもの、季節感のあるもの。素材やデザインのいろいろを楽しむことができる。
小さなオブジェとして、ちょっとした空間に飾っても面白い。ダンシャリを心がけるこの頃は、食器類の購入を我慢しているけれど、小さい箸置きならこれぐらいはと買ってしまうこともある。
ただ、形は重要で、うっかりすると箸が転げ落ちるものもある。そういうものは結局使わなくなるので、デザイン性だけでなく、実用に適した形が望ましい。
食堂などで、箸置きが用意されていないことがある。そういう時は箸袋を折り紙のようにして箸置きとする。箸袋さえない時は紙お絞りやナプキンで箸置きを作るのだけれど、がっかり感は否めない。
箸置きは茶碗や湯呑と同じく和食器の基本である。和食に使う碗や鉢は両手で扱うもの。食事中に箸が置けなければ、どのようにして碗の蓋を取ったりお酒を飲んだりができるのだろう。 (舞)
2015年6月19日 AM 11:29