夜遅く台所でお茶を焙じていたら、どこからか虫の声がした。リリリッリリッと鳴いているのはコオロギだろうか。家の中に入り込んだのかもしれない。リリリリリリッ。
昔の家にはよく虫が入り込んだものだ。コオロギ、カマドウマ、カネタタキ、ゴキブリ、クモ。だから秋の虫の声は家の中でも聞こえた。しかし、それも昔話。こうして独り台所で虫の声を聞くのは珍しいことだ。
俳句の世界で虫と言えば秋に草むらで鳴く虫のこと。虫の声を楽しむ文化が日本にはある。スズムシの鳴く声を聴く会があちこちで行なわれる風流な国だ。
聞いた話によると、西洋人は虫の発する音を機械音や雑音と同様に右脳で処理するそうだ。対して日本人は、人間の声や言葉と同じ左脳で処理する。だから虫の音(オト)ではなく虫の声と表現するという。
私たちは虫や鳥の声を巧みに言い表し、共通語として認識している。チンチロリンと言えばマツムシで、スイッチョンと言えばウマオイで、カナカナと言えばヒグラシで、ピーヒョロロと言えばトンビ。西洋には猫や犬の鳴き声の擬音があっても、虫や鳥の鳴き声の擬音はたぶん存在しないだろう。
世界を基準にすれば、窓の外のセミの声を聴き分けられる私は特技を持っていると言えるかもしれないと考えた夜。           (舞)