2015年11月

昨年に行われた二周年記念祭の模様

昨年に行われた二周年記念祭の模様

「伊勢の津七福神 開創三周年記念祭」が12月2日(水)9時半受付~12時、津市丸之内の高山神社で催される。
伊勢の津七福神は、津市内の霊験あらたかな7寺社が宗教・宗派の垣根を超えて連携した霊場めぐり。技芸上達の弁才天霊場・円光寺、五穀豊穣の大黒天霊場・四天王寺=津市栄町=、必勝祈願の毘沙門天霊場・津観音=津市大門=、無病息災の福禄寿霊場・結城神社=津市藤方=、延命長寿の寿老神霊場・高山神社=津市丸之内=、商売繁盛の恵比須天霊場・初馬寺=津市栄町=、子孫繁栄の布袋尊霊場・榊原地蔵寺=津市榊原町=の七寺社を、それぞれ七福神の一柱に見立てている。霊場をめぐりながら、津市の歴史・文化に気軽に触れられる新たな観光資源としても注目されており、専用の色紙に各寺社で捺してもらえる朱印を全て集めた満願成就を迎えた参拝者が11月4日で2000名を超えた。
三周年記念祭は満願成就の人、これから巡拝する人に感謝を込めて行うもの。本堂での法会では参拝者を前に7寺社の代表者らが読経や祝詞を奏上。神仏習合の七福神ならではのスタイルで参拝者たちの書いた願い事を読み上げ、成就を願うほか、高山神社の多田久美子宮司の講話もある。参加費は志納(赤飯と記念品を用意)。参加希望の人は官製はがきに①住所②氏名③生年月日④願いごとを書いて高山神社へ郵送(〒514─0033、津市丸之内27─16)。締切りは11月22日(日)消印分まで。問い合わせは事務局(四天王寺内)☎津228・6797。

高虎楽座で商品を販売する小学生たち

高虎楽座で商品を販売する小学生たち

3日、津市東丸之内のフェニックス通り周辺であった高虎楽座会場で、津商工会議所青年部=安田雅人会長=主催の「ジュニアエコノミーカレッジ」の販売実践が行われた。
青年経済人の集団である同青年部が、津市内の小学5・6年生を対象に、商売体験を通じて商売の楽しさや仲間の大切さを学んでもらおうと毎年開催しているもの。1チーム5名で今年は8チームが出場。簡単にこの事業を説明すると、参加者たちはチーム毎に社長や財務部長などの役割を分担し、疑似会社を設立。これまでに開催したセミナーを通じて、各チームが独自商品の開発だけでなく、原材料の仕入れから販売価格の設定まで全てを折り込んだ事業計画を設定。この日は一般客を対象とした商品販売を行った。
各チームごとに分かれたブースには客の目を引くように工夫をした自作の看板を設置。参加者たちは元気に呼びかけながら、焼きそば、わたがし、ミサンガなど多彩な商品を販売した。
この日の売上にアイデアなどを加味し、表彰式が今月15日に行われる。

「色絵花文皿」

「色絵花文皿」

津市を代表する老舗洋食店『東洋軒』=津市丸之内=が所蔵するオールドノリタケのデザート皿「色絵花文皿」と「色絵文絵替皿」には、洋食の歴史を物語るドラマが秘められている。この皿は明日6日放送のNHKの教養番組「美の壺」でも紹介される予定で、店頭で記念展示も行う。

看板メニューのブラックカレーで広く知られる『東洋軒』。昨年には、東京都港区元赤坂に「東京東洋軒」をオープン。同店はオープンから間もなく「ミシュランガイド東京2015」にも掲載されるなど、国内外で高い評価を受けている。
明日放送のNHKのBSプレミアムの教養番組「美の壺」の『明治、華麗なる陶磁器』の中でオールドノリタケの代表的な作品として紹介されることとなったデザート皿「色絵花文皿」と「色絵文絵替皿」がなぜ、津市の東洋軒

「色絵文絵替皿」と出張料理に使われた木箱

「色絵文絵替皿」と出張料理に使われた木箱

が所蔵しているのかを語るには、洋食文化の歴史をひも解く必要がある。
明治時代。産業革命を背景に世界を股に掛けた植民地獲得を目論む欧米諸国にとって当時の日本は、極東の小さな島国という認識に過ぎなかった。黒船来航以来、長い鎖国政策から転換を余儀なくされた日本で、時の明治政府は、西洋文化を吸収しながら、経済と産業を急速に発展させてきた。とりわけ料理は、その国の文化レベルの高さを示す指標であり、特に西洋料理による国賓の歓待は、外交上においても非常に重要な意味合いを持っていた。
そんな時代背景の中、明治22年(1889年)、東京三田に伊藤耕之進が伊藤博文らの勧めでオープンしたのが西洋料理店「東洋軒」。今年TBS系で放送されたドラマ『天皇の料理番』のモデルとなった秋山徳蔵は東洋軒の3代目料理長であったことは広く知られているが、その他にも料理界の重鎮を多数輩出。宮内省(当時)御用達として宮中で行われている晩餐会の料理を担当するなど、日本の洋食の歴史に大きな足跡を残している。
今回の皿は、その東洋軒が、日本陶器合名会社(現ノリタケカンパニーリミテド)に大正元年(1912年)~昭和15年(1940年)にかけて特注でつくらせたもの。同社は国産の洋風陶磁器を製造し、それを陶器商社の森村組が輸出。欧米で絶大な人気を博していた。その中でも、この皿のように明治から戦前にかけてつくられたものはオールドノリタケと呼ばれ、その美しい姿で今日でも多くの愛好家たちを魅了し続けている。
西洋料理を日本で手に入る食材で日本人の舌に合うよう創意工夫を重ねる内に生まれたのが、日本独自の食文化である洋食。その成立と国産洋食器の国内への普及は密接に係わっており、両者は磨き合うように、互いを発展させていった。
東洋軒所蔵の「色絵花文皿」と「色絵文絵替皿」は全て職人による手描きで花や果物が鮮やかに描かれており、当時の技術水準の高さが一目で分かる逸品。パーティーなどの出張料理で使われていたため、「色絵文絵替皿」は1ダース1セットで当時つくられた木箱に収められている。昭和11年(1936年)の国会議事堂竣工式のパーティーを始め、数々の華やかな舞台を彩ってきた。
津の東洋軒は、稀代の風流人として知られる川喜田半泥子が東洋軒の味に惚れ込み熱心な説得の上、昭和3年(1928年)に出張所としてオープン。後に全国で唯一正式にのれん分けを受け独立。初代の猪俣重勝氏から2代で現会長の重信氏、3代で現社長の憲一氏と約90年にわたり、味と伝統を守り続けてきた。
東京の東洋軒は十数年前に閉店。その歴史の幕を閉じていたが、津の東洋軒の東京進出をきっかけに、猪俣社長と東京の東洋軒の元オーナーとの親交が深まった。その中で、東洋軒の歴史と味を正統に受け継ぐ証の一つとして贈られたのがこの皿という訳だ。
元はのれん分けされた津の東洋軒が、人々に愛されながら約90年の時を重ねる中で成熟。再びルーツである東京へと戻り、本流として伝統を受け継いだことは、日本の洋食文化史の中でも大きな出来事といえる。その象徴ともいえる皿が津市にあることは、津市民の文化レベルの高さの裏付けでもある。
6日19時半よりBSプレミアムで放送される番組の中で、どのように紹介されるかが楽しみだ。再放送は10日11時~、12日6時半~。
東洋軒では、10日~29日、番組放送を記念し、本店の店頭で皿や銀食器の展示を行う。
問い合わせは☎059・225・2882へ。

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