出口 2015年の世界は、パリでの卑劣な同時多発テロに象徴される暗い出来事も多かったが、同じくパリでCOP21(地球温暖化対策の国連会議)がパリ協定を採択するという画期的な出来事もあった。
パリ協定は、京都議定書以来18年ぶりの外交成果で、発展途上国を含むすべての国が協調して温室効果ガスの削減に取り組む初めての世界的な枠組みとなり、世界の温暖化対策は歴史的な転換点を迎えた。196もの国・地域をまとめ上げた議長、フランスのファビウス外相は後世の歴史に名を残すことになろう。
また、アメリカが9年半ぶりに金融政策を転換して利上げに踏み切ったことも歴史に残るだろう。
IMFの世界経済見通し(2015年10月)によると、昨年の世界の成長率は3・1%で、先進国が2・0%成長(アメリカ2・6%、ユーロ圏1・5%、日本0・6%)新興国が4・0%成長(中国6・8%、インド7・3%)と予測されている。では、今年の世界はどうなるか。IMFは世界全体では3・6%成長を見込んでおり、再び成長が加速すると予測している。内訳は先進国が2・2%成長(アメリカ2・8%、ユーロ圏1・6%、日本1・0%)、新興国が4・5%成長(中国6・3%、インド7・5%)となっている。
地域別にみていこう。まずアメリカであるが、今年は大統領選挙の年である。民主党はヒラリー・クリントン候補が優勢であるようだが、共和党はまだ本命が定まっていない感じがする。誰が大統領に選ばれるかによって今後4年間の世界の政治は大きく左右される。中国との関係や中東政策(ISをどうするのかなど)はもちろんであるが、日米関係もその埒外ではない。アメリカの成長率は2・8%と堅調に推移すると見られているが、連邦準備理事会(FRB)の金融政策からも目が離せない。
イエレン議長は景気の底堅さを背景に引き締め(正常化)に転じたが、日欧は追加緩和も辞さないスタンスを継続中だ。
つまり、アメリカと日欧は金融政策では逆の方向を向き始めたのだ。それがドル高や原油安をもたらし世界経済を揺さぶる可能性がある。
しかし、逆の見方をすれば、ドル高は新興国の通貨安を意味するのであるから新興国の輸出にとっては追い風となりうる。また、日欧の緩和継続はFRBの引き締めに伴う世界的な流動性減少への不安を相殺する一面がある。
いずれにせよ、アメリカの金融政策の転換によって、イエレン議長にはアメリカ、ひいては世界の経済をソフトランディングに導く高い手腕が期待されているのだ。
次は中国である。今年の成長率は6・3%と対前年0・5%鈍化する見通しだ。共産党一党独裁の国柄であるだけに、習近平政権の安定度を外部から推し量ることはなかなか難しい。南シナ海を舞台にした周辺各国との領土をめぐる軋轢も不安材料だ。
ただ中国の経済規模は、購買力平価に換算したGDPでみると既にアメリカに匹敵する規模にまで成長している。中国の景気の減速は、その意味で世界経済に与える影響がアメリカ同様極めて大きいことに注視する必要があろう。日中関係がどう進展するかも引き続き重要なポイントである。
ユーロ圏は1・6%成長と前年並みの成長に留まる見込みだ。ギリシャの債務問題は一息ついたようだが、パリでの同時多発テロを契機とした対IS問題、シリア等から押し寄せる難民問題、ロシアのクリミア併合以来冷え込んだロシアとの関係など、引き続き政治的には極めて難しい舵取りが要請されよう。ユーロ圏の実質的な指導者であるドイツのメルケル首相にとってはまさに正念場と言えるだろう。
最後は日本である。1・0%成長と緩やかな成長が見込まれている。しかし、ちょっと立ち止まって考えてほしい。ユーロ圏は、様々な難題を抱えながらも「短時間労働、長いバカンスで1・6%成長」を実現しているのだ。
わが国は「長時間労働、有給休暇の取得率50%足らずで1・0成長」なのだ。どちらが人間的な生活か、問うまでもないだろう。彼我の格差を考えれば、労働市場の抜本改革(労働生産性の向上)を始めとする構造改革に手をつけなければならない。キャッチアップモデルの下で人口が増加し高度成長した時代は終わったのだ。環境が変われば社会の仕組みも変えなければならない。今年が構造改革元年となることを祈るや切である。
(津市美杉町出身。ライフネット生命保険㈱代表取締役)