暖冬とは言え、寒中。今が一番寒い時期である。そんな日の田んぼに、動くものを見つけた。道を挟んで右に一台、左に一台のトラクター。田んぼの土を耕している。
トラクターの向こう側の田んぼの色が違う。立ち枯れた稲株が鋤き込まれ、黒々とした土の区画ができている。
これが寒起こし。我が家は田んぼを所有していないけれど、ちょっと出たら田んぼが見えて、田んぼの変化によって季節を感じることが多い。寒起こしは冬の風物詩である。
寒起こしで、土をひっくり返すと、土の中にぬくぬくと隠れていた虫やサナギが凍死する。雑草の根も枯れるという。冬の作業が、春の農薬の減量に役立つらしい。田植えから刈り取りまでが稲作のようだが、見逃しがちな作業がこんな季節にある。
どんな仕事にも同じような地味な作業があるだろう。たとえば、営業や接客の仕事でも、お客様に会う前の情報収集や準備が必要だ。事務や研究の仕事でも、情報の記録や管理が必要だ。体や頭を使う目に見える形の仕事と、目立たない準備作業と。地味な作業の積み重ねが、目に見える結果につながる。
トラクターの後ろ側には何羽かの白や黒の鳥が見える。鳥たちのごちそうが掘り出されているのだろう。冷たい空気の中で、人も鳥もがんばっている。
(舞)

松阪市の松阪駅から津市美杉町興津の伊勢奥津駅に至る『JR名松線』が、今年3月26日に全線復旧することを記念し、同線を応援する人々を紹介していく新連載(不定期掲載)。
第1回目にインタビューしたのは、津市商工会美杉支部女性部の有志7名が、伊勢奥津駅近くで運営するミニ道の駅「かわせみ庵」の代表で、美杉町が拠点の市民活動団体「名松線を元気にする会」の会長も務める中田かほるさん(70)。

「かわせみ庵」を運営する中田かほるさん

「かわせみ庵」を運営する中田かほるさん

伊勢奥津駅に、今も残る蒸気機関車用の給水塔

伊勢奥津駅に、今も残る蒸気機関車用の給水塔

──「かわせみ庵」について教えて下さい。
中田 私は一志町出身で美杉に嫁ぎました。そのあと40年程前に夫と電気屋を開き、商工会の役員になり地域住民と交流するようになりました。そして同線で伊勢奥津駅に来てくれる人の「休憩したりお茶を飲める場所がほしい」という声に応え、平成21年3月にかわせみ庵を開設。寄席や、餅花飾り作り体験教室を開催し続けてきました。
例えば体験教室の参加者は(例年は地元の人も多かったが)、昨年は町外の人ばかりでした。
──幅広い地域に人気が広がっているのですね。「名松線を元気にする会」での活動も教えて下さい。
中田 自分自身も楽しみながら「鉄道まつりin美杉」などを開き、沢山の人に集まってもらっています。イベントだけでは一過性に終わってしまうので色々な事も考えていかなあかんけど、まずイベントは残していきたい。そして当会が単独で主催するのには限界があるので、行政、つまり津市も一緒になってやってもらい、一つの鉄道イベントとして残していけるようにしたいです。
──復旧を前に、お気持ちを聞かせて下さい。
中田 21年の末頃に(一部区間で鉄道の運行が)廃止になるかもと聞いた時は、それはもうショックでした。名松線ありきの美杉だとずっと思っていたから。存続のために自分のできることはしようと、署名活動にも参加して多数の署名を集めました。
復旧が決まった時は嬉しさ半分、そして「今後、また何かあった時に廃止ですと言われやんように、今から私ら頑張らないかんと」と。ローカル線が大好きな当会の皆も一緒の気持ちです。3月26日は一つの節目でこれからがスタート。自分が元気な間は、名松線と一緒に走り続けなければいけないと思う。(敬称略)

《※名松線は、21年10月の台風の被害により家城駅(白山町)~伊勢奥津駅間で鉄道を運休し、代行バス輸送を実施中。
同線は沿線の人口減少などの影響で元々、利用者が少なく、一時は同区間の鉄道輸送廃止が危ぶまれたが、住民らが全線復旧を望む署名活動を実施。23年、JR東海・三重県・津市が運行再開に向けた3者協定を締結し、先月、JR東海が3月26日に全線復旧することを発表した》

今回、新たに寄附金寄贈者5名と1団体が刻字された台座

今回、新たに寄附金寄贈者5名と1団体が刻字された台座

帽子を接着する稲垣氏

帽子を接着する稲垣氏

FRPの帽子が被された久居駅東口前の上野英三郎博士とハチ公の銅像」

FRPの帽子が被された久居駅東口前の上野英三郎博士とハチ公の銅像」

「忠犬ハチ公物語」で知られる秋田犬・ハチの飼い主で津市久居の出身である東京農大(現・東京大学)教授の故・上野英三郎博士とハチ公の銅像(近鉄久居駅東口前、緑の風公園に設置)がマイナーチェンジ!博士の頭に帽子が着けられた。
この銅像は、有志で作る「上野英三郎博士とハチ公の銅像を建てる会」(多田滋郎会長)が、市民、団体から寄附を募り、平成24年10月20日、上野博士とハチ公が一対となった全国初の銅像として建立したもの。デザインは、日展評議員、審査員を務める鈴鹿市安塚町在住の彫刻家、稲垣克次氏が担当した。
「建てる会」は建立の目的を果たしたため発展的に解散したが、 その後も津商工会議所などが中心となり、ハチ公像が設置されている秋田県大館市(ハチの出生地)や、東京都渋谷区、山形県鶴岡市、上野博士が教鞭をとった東京大学などとの交流を重ねてきた。
特に、ハチの検死が行われた東大には昨年3月8日、農学部正門近くに津市に続いて全国で2番目となる博士とハチの一対の銅像が名古屋在住の彫刻家、植田務氏が手掛けて建立されるなど、今まで以上に全国から「ハチ公物語」に関心が集まっている。
ところで、東大の銅像では上野博士が帽子を被っているが、久居の銅像は被っていない。
デザインが選定された当時、制作者の稲垣克次氏からも、帽子を被った模型の提供があったが、当時帽子を余り被っていなかったのではないか…との異論も出たことから結果的に無帽となった経緯がある。しかしその後、「当時の時代考証がいささか研究不足ではなかったか」との指摘も出されていた。
そんなこともあってか、昨年から久居の上野博士像に帽子を被せる〝粋なイタズラ〟が発生。しかし、固定されていないため、何度〝イタズラ〟されても風で飛ばされてしまう。
そこで昨年暮れ、建立費用を寄附したものの、像の除幕式までに間に合わなかった寄贈者5名(森本晃、藤谷増郎、小柴眞治、花井錬太郎、小林俊一の各氏)と1団体(津商工会議所)の名前を像の台座に追加刻字する際に、改めて稲垣氏がFRP(強化プラスティック)で成形した帽子を上野博士の象に被せて固定する作業を行った。
これで、東大の銅像と同じ構図に仕上がり、市民からも「中々格好いいですネ」

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