「一志町歴史語り部の会」の西田太司会長

「一志町歴史語り部の会」の西田太司会長

第1回目の名松線復旧記念ウォークで、尾張徳川家ゆかりの青巌寺(一志町小山)を訪れた参加者やガイドたち

第1回目の名松線復旧記念ウォークで、尾張徳川家ゆかりの青巌寺(一志町小山)を訪れた参加者やガイドたち

津市一志町のガイド団体『一志町歴史語り部の会』の西田太司会長(75)にインタビュー。同団体は、津ガイドネットなどと共に、昨年10月~今年3月にかけて「JR名松線復旧記念ウォーク」を開催している。

──ガイドの活動について教えて下さい。
私は京都出身で、就職を機に一志に来て50数年になります。仕事で、一志から美杉に行くために名松線に乗ったこともあります。会社を定年退職後、地元の歴史を知りたくなり、約8年前に語り部の会に入りました。
当会でイベントを行う度に、下見など様々な準備が必要です。大変ですがやはり、おもてなしの心で、お客さんに「また来たいな」と思ってもらえるよう準備やガイドをしないと先に繋がっていかないと思っています。
──復旧記念ウォークを実施した感想はいかがですか。
私はウォークのうち、主に一志町で行われた1回~4回でガイドをしましたが、 「名松線は雨などでよく運休する路線」という程度の認識しかなかった他地域からの参加者に、沿線にこんな名所があるんだと認識してもらえたし、地元の人にも名所の魅力を再認識してもらったと思います。
──名松線の活性化について、どのようにお考えですか。
沿線には白山町の白山比咩神社、美杉町の伊勢本街道などがあり、一志町にも名所が沢山あるんです。例えば「とことめの里」の魅力は温泉だけではなく、万葉集の一節にある言葉が名称の由来で、そこから広げて関連する歴史も学んでいくと面白いなという形になってきます。そういう沿線の歴史を生かすのも、名松線を活性化する方法の一つだと思います。
また復旧記念ウォークは全10回、各回とも定員100名で、申し込み受付時には、ひと月もしないうちに全ての回が満員になってしまいました。このように、大仕掛けのイベントを定期的に開くと人が集まってきてくれます。但し一部の人だけに任せていては活性化は難しい。全線復旧後も将来に亘り名松線を存続させるには、行政が、例えばチラシで宣伝するなどしてバックアップしないといけないと思います。