2016年3月

前回のうたからイン三重の様子

前回のうたからイン三重の様子

うたからの会「サニーレインボー」は4月12日(火)13時半~、津新町駅近くのプラザ洞津・孔雀の間で第5回「うたからイン三重」を開く。
「うたから」とは、歌声カラオケの略。伴奏はカラオケを使用し、歌詞は正面のスクリーンに映しだされる。カラオケボックスと違い、歌のリーダーが進行して参加者全員で声を合わせて懐かしの昭和歌謡を歌うもの。昨年に3回、今年2月と今までに4回開いたところ、大盛況を博したことから第5回を開くことにしたもの。今回の予定曲目は、上を向いて歩こう、学生時代、青春の城下町、雪椿、およげたいやきくん、旅人よ、青春サイクリング、折鶴、黒百合の歌、皆の衆、霧にむせぶ夜、勘太郎月夜唄、祝い酒、美しい十代、みだれ髪、月よりの使者、おんなの海峡、北酒場、ほか。
会費は1人1500円(水分補給は各自で)。事前予約不要で受付開始の13時から定員80名になり次第締切り。全席テーブル席。  問い合わせは安部さん☎090・9899・8075へ。

毎日、桜だよりが届きます。うららかな光を受けて草木が艶を増し、柔らかな風が桜とともに春の訪れを知らせてくれます。
春はなんと言っても桜。ほころぶ蕾を見ると心が躍り、花が咲くと笑みがこぼれ、風に舞う花びらに心を奪われ、淡い桜色に包みこまれる春の日。古くから桜は、日本の春を象徴する花でした。何故か心が浮き立ち春を感じるのは、桜が春を呼び時を告げる花だと言われるゆえんでしょうか。
「さまざまの事おもひ思す桜かな」芭蕉
とりわけ桜咲く時季は様々な昔の事を思い出させてくれます。そして桜は短い春を謳歌するように咲き誇り日本中が桜一色に彩られます。今回は桜の花にちなんだ小唄をご紹介します。
助六(花の雲)
〽花の雲 鐘は上野か浅草か
ゆかりの色の鉢巻も江戸紫や伊達姿
堤八丁衣紋坂 大門くぐる助六に
煙管の雨が降るように
この唄は河上渓介作詞、宮川吟柳作曲で、華やかな助六の花道の出を唄ったものです。「助六」は歌舞伎十八番の一つ、「助六由縁江戸桜」の主人公の名前で花川戸助六、実は曽我の五郎が源氏の名刀、友切丸を探すため吉原(郭)に出入りし、喧嘩をふっかけては腰のものを改め、恋仇の髭の意休の持つ刀がそれとわかり、恋人の揚巻(三浦屋の遊女)の助力でそれを奪うというストーリーです。
「花の雲 鐘は上野か浅草か」芭蕉の句からこの唄は始まります。花の雲とは桜が一面に先満ちたことを雲に例えた言葉で、雲のようにエドヒガン桜が美しく咲き誇り、上野の寛永寺か、浅草の浅草寺でしょうか、どこからか、鐘の音がきこえ、春の日の、のどかな情景が目に浮かびます。
江戸っ子の象徴であるゆかりの江戸紫の鉢巻に伊達姿。当時、吉原に通うのには、堤八丁から衣紋坂を下り大門に入るのが順序であったらしく、助六が大門に顔を出すと、仲の町の両側から、吸い付け煙草が雨が降るごとく出された様子が唄われております。
(註)寿司の助六の揚げと巻きは、歌舞伎の助六に登場する花魁の名前の「揚巻」からきています。
葉桜や
〽葉桜や月は木の間をちらちらと
叩く水鶏に誘われてささやく声や苫の船
〽青々と何時も松葉の二人連れ
末も栄えて高砂の変わらぬ色や春の風
明治中期の江戸小唄で、「青々と」は「葉桜」の替唄です。向島で初夏の宵を楽しんでいると水辺の茂みから水鶏の雨戸を叩くように高く鳴く声がするので障子を開けると、向島の土手は既に葉桜、その木々の間から月の光がちらちらと見え、囁く声が聞こえます。おそらく苫の船に腰を下ろし、対岸の灯を眺め恋を囁く若い二人でしょう。
「青々と」はお目出度い時に唄われます。いつまでも二人は松葉のように手を携え、高砂の尉や姥になるまで変るまいと誓う言葉を小唄にしたものです。土筆派ではこれが名取式の祝賀の唄になっております。
一本桜から桜並木、そして宵闇に白く輝く夜桜。花より団子と言わず、外に出て桜の下に集い桜景色を楽しむのはいかがでしょう。  (小唄 土筆派家元)

JR名松線・伊勢奥津駅を出発し、沿道の大勢の人に祝福されながら走る初列車

JR名松線・伊勢奥津駅を出発し、沿道の大勢の人に祝福されながら走る初列車

平成21年10月の台風18号で被災し不通となり、バスによる代行輸送が行われていた『JR名松線』の家城駅(白山町)~伊勢奥津駅(美杉町)間が26日、約6年5カ月ぶりに復旧した。
同線は、沿線の人口減少などの影響で元々、利用者が少なく、一時は同区間の鉄道輸送廃止が危ぶまれたが、住民らが全線復旧を望む署名活動を実施。23年、JR東海・三重県・津市が運行再開に向けた3者協定を締結し、県・津市が治山事業、水路整備事業、JR東海が鉄道の復旧工事を行い、全線復旧が実現した。
当日は伊勢奥津駅・伊勢八知駅周辺で全線復旧・開通80周年記念イベントが盛大に催され、大勢の人が来場した。伊勢奥津駅では朝9時35分に、約220名を乗せた初列車が出発し、沿道に集まった大勢の人が旗を振って祝福した。
その後、同駅周辺で行われた式典で、鈴木英敬知事が「ご努力された津市の皆さん、JRの皆さん、そして何と言っても、地域の人口の20倍を超える署名を集め、熱い思いを実現された地元の皆さんの取り組みに心から敬意を表したいと思います」、またJR東海の柘植康英社長が「これから県、市、地元の方、色々な方の知恵をお借りし一人でも多くの方にお乗り頂きたい。それができて初めて、〝復旧ができた〟ということになるんだろうと思います」、そして前葉泰幸市長が「自然災害で鉄道が被災し復活する場合がありますが、名松線は6年5カ月という、日本で一番長い期間かかって復活しました。従って〝奇跡の名松線〟と言われます。地域の皆さんに通学や通院や生活の足として使って頂くのは勿論、素晴らしい魅力がある美杉に観光でお越し頂くこと、そして乗ること自体が目的になるような名松線にしていきたい」と祝辞を述べた。
イベントに参加した名松線を元気にする会の会長と、伊勢奥津駅近くのミニ道の駅・かわせみ庵の代表を務める中田かほるさんは同線活性化への抱負を「今日がスタート。今まで主催してきたイベントを今後も続けていきたいし、観光客にも列車に乗って来てもらいたい。当会の会員はそのためのアイデアも持っています」と話した。

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