先週号1面の「KKC」の記事中「KKCソーシャルプラン実施は今年度で8年目。寄付実行は今回で7回目」は、それぞれ、「9年目」「8回目」の誤りにつき訂正します。

津観光ガイドネットの山城調査プロジェクトチームが編集・制作したガイドブック『津の城跡50選』(伊藤印刷㈱出版部刊)掲載の波瀬城跡と霧山城跡を訪れた。一般的な近世城郭と同書の中心である中世城郭は一線を画し、見渡す山々に今も残る遺構は生存をかけて知略を尽くした我々の祖先の生き様を雄弁に物語っている。郷土の歴史と触れ合える貴重な財産であることを改めて実感した。(本紙報道部長・麻生純矢)

 

波瀬城の堀切

波瀬城の堀切

霧山城の本丸跡

霧山城の本丸跡

「津の城跡50選」は、津市に100カ所以上ある中世の城跡を地元の人たちが郷土史とふれあうきっかけになるだけでなく、全国の城郭ファンが津市に訪れるきっかけとなればと津観光ガイドネット」=西田久光会長=の山城調査プロジェクトチームが編集・制作を行ったもの。
澄み切った空に秋の訪れを感じる一日となった8月31日。同書に掲載されている波瀬城跡と霧山城跡へ向った。津市の中心市街地から車で30分ほど。津市一志町波瀬の集落の中心を走る道を美杉町方面へ南下し、波瀬川にかかる小さな橋の手前に波瀬城と書かれた案内看板がかかっている。
ガイドブックによると、この城は応永元年(1394年)北畠氏の一族・木造雅俊(敏)が築城。天正5年(1577)に織田信長の軍勢の攻撃を受け、廃城となったという。
登り口には竹の杖が置かれ、山林を走る城跡への道も大変綺麗でよく整備されている。10分ほど登ると、城があった場所に出る。そこには在りし日の城の姿が描かれた案内板がある。中世の城は、我々が真っ先に思い浮かべる水堀に囲まれた石垣の上にそびえたつ近世の城とは外観も性質もまるで違う。後者が有事の要塞と平時の政庁という機能を併せ持つものであるとすると、中世の城は基本的に純粋な戦闘用。天然の地形を巧みに取り入れ水を張らない空堀や土塁を張り巡らして、外敵の侵入から身を守るための知略が随所に散りばめられている。
城跡とはいうものの、一見すると何も残っていないように見えるが、案内板とガイドブックを見て、尾根全体に西部・中央部・東部に、いくつもの郭群が配置されていたことを確認。最高所の主郭があった場所まで登り、北西にある郭があった場所と堀切と土塁で隔てられていることが、はっきり分かる。
その後、再び車で美杉町上多気の霧山城跡へ移動。この城は康永元年(興国3年、1342)に北畠顕能が築城。北畠神社の境内一帯にあった北畠氏館と共に、伊勢国司北畠氏の本拠地として栄えたが天正4年(1576年)、信長に攻められて廃城となった。
この城を目指す道は津市の森林セラピーコースでもあり、心地良い木漏れ日を浴びながら山道を登る。途中に詰城があった場所があり、そこからは同神社周辺を一望できる。更に山道を登り続けて約1時間で標高560mの山頂部一帯にある城跡に到着。堀切や土塁も明確に認識でき、本丸跡や周囲の郭を見れば、この城が規模の大きい山城だったことが伺い知れる。
2城を巡って感じたのは津市に残る城跡は地元の人にこそ触れてほしい財産だということ。市内には100以上の城跡が至る所に残っていることからも城跡は身近な存在であり、我々の祖先が必死に生きた証だということを強く認識できる場所でもあるからだ。
また、城跡には専門知識のある人と行くとより深く楽しめることは請け合いで津観光ガイドネットでは、霧山城などへいくツアーを実施予定。そういった機会を利用すると良いだろう。
ガイドブックは伊藤印刷・別所書店・津市観光協会・本紙などで販売中。価格は1080円。問い合わせ☎津226・2545。

県総合博物館で歌うあつさん(正面)と博物館のスタッフたち

県総合博物館で歌うあつさん(正面)と博物館のスタッフたち

2日、三重県総合博物館でZTVの新番組「金曜のお昼は生放送」の第1回の撮影が行われた。
この番組は、津市出身の女性シンガーソングライター・あつさんをパーソナリティに津市・亀山市・嬉野町など、ZTV津放送局エリア内の様々なスポットから生放送で、旬な情報を発信する。放送時間は毎週金曜日の12時15分~35分(再放送は22時30分~)。
記念すべき初回は同博物館の前から中継を開始し、館内へ移動。今春就任したばかりの大野照文館長らから博物館で開催される様々なイベント情報を聞いた。最後はあつさんがオリジナルソングの弾き語りで、放送を締めくくった。
初回の生放送を終えたあつさんは「皆さんにも一緒に出演して頂いて、番組を盛り上げていけたら」と笑顔で呼びかけていた。
次回9日は、ぎゅーとらラブリー久居店=津市久居西鷹跡町=から生放送。

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