いつの間にか日暮れも早くなり、高い空と秋雲が美しい季節になりました。周りを見渡せば吹き抜ける風の音、虫の声、月の光、さまざまな自然の営みが秋の気配を感じさせてくれます。
今回は秋の小唄の名曲をご紹介いたします。

月は田毎に

月は田毎に映れども 誠 の影はただ一つ
往き交う雲が邪魔をする
実にうたてき秋の空
この唄は明治後期、三世清元順三が晩年に作りました代表的な名曲です。順三は大阪の富豪藤田伝三郎家にあった衝立の貼り交ぜの和歌に眼をとめ、これを小唄風な文句に補筆して、田毎の月を思い、作詞したものと思われます。
田毎の月というのは、山の山腹などの段々畑になっている、稲を刈り取った後の田の水に、一つづつ映る月影のことで、昔から信州あたりの田毎の月は、景勝地でよく知られております。
この小唄は、田毎の月によせて自分の心を唄ったもので、秋の月夜は、幾段にもなっている田毎に、月影を映しているけれど、真実の月は、ただ一つしかないという真心をあらわしたものです。行き交う雲が邪魔をして、なかなか名月を見る事ができない、何とまぁままならぬ秋の空でしょうと嘆いてこの唄を結んでおります。
曲も田毎の月の美しさを表現しようと、六下りというしめやかな調をとり、皎々と照る田毎の月と、雲の感じをしっとりと表現した名曲になっております。
次にご照会いたします小唄は、明治期の江戸小唄でございます。
ちょいと出るにも 結城 の着物
矢立さして前垂れしめて 急ぎ足
帯は博多に柾の下駄、オ ヤ乙だね

この唄は、明治前期、日本橋あたりの、商家の若旦那の渋好みの粋な姿を唄っております。この乙だねは江戸時代から明治にかけての流行語で、渋味を持ったことを乙であるというようになったのです。
結城は茨城県結城地方で織られている絹織物で江戸末期から明治にかけて、盛んに喜ばれた着物です。矢立とは墨壺の柄に筆をはめて、帯にはさむ様になったものです。前垂れは、古くから商人の目印で、男女とも帯から垂らしたもので、元来衣服を汚さないためのものでしたが、のちに高級な布地を用いる様になりました。博多帯は福岡県筑前で織り出したもので、明治期まで流行した高級帯地のことです。柾の下駄は桐の木理のことで、柾目の通った下駄のことをいいます。
この小唄は一分半位の短い曲で作詞も素直で、節付も粋。
「乙だね」の唄い方次第で、渋味をもった軽妙な洒落た江戸小唄の味が生きてまいります。

小唄 土筆派家元  土 筆  栄