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「一度はあきらめていた東京行き。先の大戦により南方で惨禍した父親をはじめ、英霊の御霊に哀悼の誠をささげたい」。
そんな相談を昨年秋、ある家族からいただいた。志を同じくする人達が全国から集うため、今回も参加の意欲があったが、歩行状況から新幹線を乗り継いで行くには危険。
ましてや女性の一人旅。本人も、あまりに勇気がいるため躊躇していたらしい。しかし言葉の端々からこの方の前向きな気持ちが、こちらにも伝わった。
外出は、高齢者や身体の不自由な方、介護を頑張っている家族、交通弱者にとってその時々の、外の景色や風、音、会話と味覚、どれも最高の生きがいになる。
私は、あらかじめ「顔の見える関係」を大切にしたいと思い、自宅に伺い現地での計画や、身体の状況などを詳しく聞いた。
課題のバリアフリーは、鉄道車輌や駅なども整備が進んではいるが、朝夕の雑踏を切り抜けて時間通りに到着するには、車椅子での移動が必要と判断した。
普段お客様自身は使用しないらしいが、長時間の移動には欠かせない。家族の応援もあり、話は前向きに進んだ。
県内の移動は当社の福祉タクシーで乗降ができるし、東京では日本福祉タクシー協会メンバーによって駅から集合地点までの送迎が可能。コラボレーションができるのは地方にいても最大の強み。
各所への連絡や手配も済み、出発当日はそれまでの雨も止んで絶好のお出かけ日和。早朝にもかかわらず準備を整え、今や遅しと迎えを待っておられた。緊張を和らげ、リラックスしていただくのも私の大切な役目。
名古屋駅の新幹線乗り継ぎは予想通り、ラッシュ時の人混みが激しく、車椅子の通行を容赦なく妨げた。 介助していても、危険を避けるのに大きな注意を要する。改札から駅員によるプラットホームへの誘導でようやく乗車。車椅子対応車輌は、近鉄同様、介助員の労力を減らし、何より車椅子本人も安全に乗車できる。
車内はレール音と車窓の景色が相乗効果を生み、話も弾んでホッと一息。戦没者の慰霊がこの日の最大の目的なので、食事やトイレ介助を行い、指定時間のある服薬を促して、余分な体力の消耗を防ぐ。
おしゃべりに花が咲き、ほどなくして着いた東京。会場には待ちに待った、志を同じくする人達が全国から集まっていた。
知った顔が目に入るや否や、「よく、ここまで来られたね」、「また会えるなんて、すごいね」。
目頭を熱くして互いの再会を喜び会い、華やかな会話が飛びかった。それまでの緊張が、一瞬にして解きほぐされていく。
当日のスケジュールを一つずつクリアできるのは、本人にとっても最良の幸せだ。靖国神社では、紅葉に染まった境内を散策し、昇殿も車椅子で参拝させていただいた。
夕方のライトアップは、より厳かな気分にさせる。追悼の感慨は深く、出席した人達と一緒に記念写真に納まるなど、ようやく目的を果たすことができた。
人と人、人と物を結びつける「おでかけ」は、本人にエネルギーを与えて目的の完遂に結びつけることができるのではないかと、これまでの経験から思う。
それに連動する福祉タクシーも、交通弱者の視点で、送迎以外に外出支援や院内の付き添いなどもする。
あるいは民間救急として看護師が同乗し、目的地へ搬送する。バリアフリーは障害を持つ人やお年寄り、交通弱者のみが特別に利用するものでなく、健常者も共に利用してこそ価値がある。
「こんどは、ゆっくり美味しいものを食べに行きたいね」。互いに思いをめぐらせて、帰宅したのは夜10時を過ぎていた。
ロングスケジュールだったが、お客様の「ありがとう」の一言が、何よりのお土産になった。
(日本福祉タクシー協会、
民間救急、はあと福祉タクシー代表)
2017年1月3日 AM 4:56