最近なんでか知らんが家内に叱られ、子供に叱られ身の置き場がない。趣味の囲碁の相手がない。否あるにはあるが、自分とそこそこか少し弱い者をさがしているがそんないいかげんな者につきあってくれるものなどいるはずがない。ところがそれがうまい具合に最近まで二人もいてくれた。が一人は山でなくなり、一人は転勤してしまった。まったく二人の存在が僕にとって大きかったのでがっかり、とみにしょぼくれている。
へぼながら碁というゲームは実に面白く、愉快で相手がなくてもテレビでも楽しめる。しかし人間相手がいる。家内によると初期認知症(その愛のことば?ちょっと待ってくれよ)の脳トレにいいし、「碁はお金がかからないのでお勧め」らしい。あと、「お酒やめてくれたら、二重丸や」ときた。そりゃそうやろ。また家内は「事業主やってたころから酒豪で今その後遺症がみられる?」と。
家内曰く酒飲むと「鉄幹のごとく熱く語り」客を離さないのが悪いくせらしい。なんぼ離婚考えたやらといわれている。

閑話休題(かんわきゅうだい=それはさておき)
去年たいへんたいへん人様にご迷惑をかけたのでこの紙面をお借りしてお詫びさせていただくこととする。粗忽者の僕はドブ掃除中転落入院、まぁありがたいことにうちどころよく…?今ぴんぴんして車を運転、大阪の娘のところへ往復したと知人に語ったら「あほちゃうか、はよ免許返上しなさい」と叱ってくれた。つづけて「車やめてタクシーにした方がはるかに安い」と、もつべきものは友と涙があふれた。彼いわく「村田さん明神里山というものに20年間とりくんでこられたし、これからの後半生は好きな半泥子の勉強をして社会奉仕されたら輝くよ」と断じてくれた。他人さまの方がよくわかってくださっている。裸の王様、井の中の蛙だったと目からうろこが落ちた。
ところで最近来てくれた我が家の同居人猫のチャッピーは朝早くから僕をたたき起こしてくれて、顔はなめるは、すりすりしてくれるは、買ってきた茶碗を壊してくれるは、パソコンの操作をするは、勝手にテレビのスイッチを入れたり、夜中にラジカセのスイッチを入れて大好きなクラッシック音楽を聞かせてくれたりいやはやうれしいやら腹立たしいやら困ったものだ。しかしチャッピーが僕にやる気をださせてくれている。
ところで前に書店で買った津市が生んだ奇才の陶芸家ともいうべき「半泥子を語る」は僕の能力範疇を越えていてなまじ語ればかえってその姿をくもらせかねない。今一度勉強しなおしてからにさせていただく。僕は陶芸の知識はまったく無く、半泥子さんの人となり、ウィット、ユーモア、そして僕と同じ幼少期虚弱だった半泥子がどのようにして大人(たいじん)へと変貌していくか、に興味津々、これはある意味現代幼児教育に生かせる気がしてきたのだ。小さい頃から五感を鍛える「半泥子教育」をやったら素晴らしいと第六感。去年大病を患って、仕事もリタイヤし、昨日、友人が免許の返上を薦めてくれたので、もう潮時だろう。里山というものに20年間取り組み、子育てに生かす試みも試行錯誤した。大した事も出来なかったが、そのねばりだけは自分をほめてやりたい。幸い里山明神は後継者ができたので手離れできたし、81歳になって出来る事は、千歳山の魅力を子育てに利用させてもらえないかと勝手に考えている。建物だけでなく他の遺構も数多くある。ひょろひょろしていても、かの有名な日野原さんのように何かのお役に立たせていただく事ができないか。
平成29年10月26日
津市半田 自営業