2018年4月

三重県と京都府の県境

三重県と京都府の県境

伊賀市島ヶ原三軒茶屋の交差点

伊賀市島ヶ原三軒茶屋の交差点

伊賀市長田から、島ヶ原方面に向かって坂道を登っていく。この辺りの国道のルーツは、関宿から伊賀上野を通り、奈良へと通じる大和街道。設定当初の国道163号も大部分がこの街道に準ずる形で、大阪と四日市を結ぶ路線だった。国道25号のバイパスである名阪国道の完成に伴い、上野から四日市の区間は切り離され25号に編入されたのは、以前もお伝えした通りである。
この辺りの163号は旧大和街道とも重複しているが、古の時代には東海道の一部だったというと意外に思われる方がいるかもしれない。東海道といえば、京都の三条大橋と東京の日本橋を結ぶイメージが今の私たちには一般的だろう。近江国(滋賀県)からは、鈴鹿峠を越えるルートがとられており、もちろん伊賀国は通らない。
この辺りが東海道だったのは、現在の奈良県奈良市から、大和郡山市にかけて存在した平城京が首都であった時代。やがて、現在の京都府京都市の平安京に都が移された時に東海道の始点が変わり、近江国回りの経路に変更される。我々が知る東海道は、江戸時代初期に徳川家康の五街道整備で周知の姿になった。
島ヶ原地域に入ると、三軒家の交差点で、国道と奈良街道は分岐する。街道は国道の北側を走り島ヶ原の集落を通り再び国道と交差。南側で並走しながら京都府へと続いていく。この街道も明治初期までは、人が通れるのがやっとで急坂続きだっため、上野の有力商人が立ち上がり、新たな街道を私設道路という形で整備。後に、それが県道に取り入れられ、昭和27年に国道へと昇格。島ヶ原村史には、その流れが記されている。その中には旧街道の頃は、整備を村人の出合いによって行っており、村史が記された昭和58年当時でも、秋の収穫前に地域住民が毎年道づくりを行う習慣があると記されている。道路は、無数の意思が束ねられて具現化したものであることを示す好例だ。
三軒家の交差点付近には道の駅「お茶の京都 みなみやましろ」まで6㎞と記された標識。いよいよ三重県と京都府の県境までわずかとなった。
今の県境は昔の国境。江戸時代に藤堂藩と柳生藩の間で、伊賀国と山城国の国境を決める争いが発生。江戸で幕府が裁定を行い、ようやく国境が決まった。裁定に至るまでの流れも村史に記載されているが、関わった人々の並々ならぬ苦労が伺い知れる。
緑に囲まれた国道を進むと、気づけば県境を示す標識。これより先は京都府相楽郡南山城村。名実共に関西だ。現在の時刻は13時過ぎ。先ほどの標識から、歩いた距離を考えると道の駅まであと少しのはず。道の駅についたら少し遅めの昼食だ。(本紙報道部長・麻生純矢)

三重歴史研究会(椋本千江会長)は、5月13日㈰15時~16時半(受付14時半~)、アスト津4階会議室1で開く総会記念講演会への参加者を募集している。
講師は、三重県埋蔵文化センター調査研究第4課課長の竹田健治氏。演題は「田丸城の変遷」。受講料は資料代200円(会員無料)。
問い合わせは☎&FAX059・232・0631。

▼現地探訪「田丸城と城下町めぐり」
6月6日㈬10時~14時頃まで。
集合場所は9時50分・度会郡玉城町役場。
行程は、10時・玉城町役場~村山龍平記念館、奥書院~田丸城跡~ゆずりは(昼食)~街道筋めぐり(伊勢街道・伊勢本海道・熊野街道)~14時頃・JR田丸駅(解散)
参加費2000円(弁当・お茶・資料など)。
申し込みは会員は郵便局振込用紙から振込(手数料無料)。会員以外は郵便口座番号00810─9─190255、三重歴史研究会へ振込(手数料有料)。当日不参加は返金不可。振込用紙に住所・氏名・☎・交通手段(JR・自家用車・乗合いなど)。
問い合わせは副会長の中村さん☎&FAX059・232・0631。

豊かな自然の中で癒しのひとときと過ごしてみませんか──
津市美杉町竹原の竹原地域活性化協議会が主催する「ふれあいサロンすずめのお宿8周年イベント」が5月13日㈰10時から15時、竹原神社下の「すずめのお宿」で開かれる。 「すずめのお宿」は、〝人とのつながりをより多くの人に〟という思いから蒸しパンとコーヒーを提供し、くつろげる施設として教員住宅だった建物を津市から借り受け8年前に開設。同協議会が管理運営し、地域に根ざす活動になっている。
8周年イベントは、「セレクトスイーツバイキング」(クッキー・おはぎ・ゼリー・ミニピザ・ホットドッグ・あられ・いなり寿司から3品をセレクト)とコーヒーを楽しむ(スイーツは無くなり次第終了)。参加費は500円(手作り記念品付)。事前申込不要、直接会場へ。農産物・木工品・ハス苗も販売。
問い合わせは瀧川さん☎津262・3100へ。

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