平昌五輪でスノボ日本代表のトレーナーを務めた樋口さん

平昌五輪でスノボ日本代表のトレーナーを務めた樋口さん

名古屋市生まれで津市美杉町で育った樋口守さん(41歳)は、スノーボード(ハーフパイプ)の元プロ選手で、現在は接骨院を経営している。2月の平昌五輪でスノーボード日本代表のトレーナーを務め、選手として果たせなかった「五輪に行く」という念願を叶えた。
樋口さんは家業が「美杉鈑金」(美杉町)で、松阪工業高校自動車科に入学し修学旅行で初めてスキーを体験。その後、岐阜県の高山自動車短期大学に進学し、趣味としてスキーをする費用を賄うため、スポーツ用品店でバイトを始めたが、その店がスノボ用品を扱っていたのがきっかけでスキーではなくスノボに熱中した。
卒業後は三菱自動車に就職したが、スノボ選手を目指すため約1年で退職。自身にとっては、大きな決断ではなく自然なことだったという。
練習拠点を北海道旭川市に置き、21歳頃からハーフパイプの大会に出場し始める。当時、上手い人が滑っているビデオなどで観ると簡単そうに見える技も、自分が挑戦すると難しく全くできなかった。しかし樋口さんは悲観するどころか「面白い」と感じ、練習を重ねて技術を磨いていった。
その努力が実り2006年のトリノ五輪の強化指定選手になったが、最終予選で落選し、それを機に29歳で現役を引退。
引退後、会社勤めを経て、トレーナーとして五輪に行きたい、自分で事業をしたいと専門学校で学び柔道整復師の資格を取得した。2014年から全日本スキー連盟ナショナルチームでスノーボードのトレーナーを務めている。
平昌五輪では、トレーナーとして参加できて嬉しかった一方で、スノボは大規模な国際大会が毎年開かれていることもあり、「選手にとって五輪は、最終目的ではなく通過点」とも感じたそう。
また樋口さんがこの五輪で最も印象深いのが、大怪我を乗り越え出場した平野歩夢選手(ハーフパイプ)の銀メダルで、「歩夢と話していると、『すごい』と感じます。人が、ある事をやろうと行動するとき、嫌なことや辛いことが絶対ある。例えばダイエットをしようと思い、じゃあ走ろうと思うが、走るのは辛いじゃないですか。そういうことを『辛いけど、楽しくないけど、自分が決めたことだからやる』という感じの子です」。
3月には津市一身田平野に「むすび接骨院」をオープン。運動を取り入れた施術を行っている。
また三重県では今年7・8月に高校総体、2021年に国体が開催されるためスポーツの活性化が期待されていて、樋口さんは地元のアスリートに向け「夢を持ってほしい」と話している。