観光庁の『観光ビジョン実現プログラム』の中には、あたかもシェアリング理論をねじ込んだかの如き怪しい施策がある。『泊食分離』がそれだ。
確かに『一泊二食』は我が国特有のビジネスモデルであり、販売単価はルームチャージに比べると必然的に高くなる。選択肢も限られる。
しかし、地元食材をフル活用した一泊二食の価格は、大浴場と寝泊まりも含まれているため、多くの場合、積上げ式よりもお値打ちである。夕食はレストランに移動する必要のない部屋食なので小さい子供と一緒でも気兼ねなく、ドレスアップやメイク直しの必要もない。そればかりか、テレビを見ながらの食事でもいっこうに構わず、主婦(主夫)にとって、上げ膳下げ膳こそは何よりも魅力だ。
しかも料理はフルコースで、冷たいものは冷たいうちに、温かいものは温かいうちに供出される。『仲居さん』に、土地の見所や汐見を訊くのもいいだろう。
顧客の利益だけではない。一泊二食で部屋食のシステムは、産業の少ない土地では地域雇用を下支えするし、要不要が定かではない生鮮食材の在庫を抱える必要がないので、食材廃棄率の面でも優れている。予め献立が決まっているので無駄な仕入れがないのだ。おそらくそれは、『かんばん方式』に匹敵するぐらい合理性を有するシステムだろう。
にもかかわらず、『観光産業革新検討会』では『泊食分離』を進めたいようである。長期滞在したら高額出費になるというのであれば、旅館よりもホテルや民泊を選択すればいいだけの事であり、一泊二食システムについては、豪華料理による日本式の短期滞在型モデルとして紹介してもいい筈だ。
一泊二食について、もう少し掘り下げてみよう。
『ホテル』は部屋を売るのが主であって、レストランで供出される料理はあくまでもオプションである。
一方、『旅館』の売り物は料理が主であり、部屋は宿泊者数と料理ランクによって割り振られる。したがって、旅館の料金設定は一泊二食が基本となり、それに定員ベースの割り増しやトップシーズン料金、休前日料金などを加算することになる。
定員ベースの割り増しとは、定員4人の部屋ならば一人1万5000円で6万円を得ることができるので、同じ料理で同一タイプの部屋を3人で利用するならば1人2万円で6万円、2人ならば3万円との考え方だ。
また、トップシーズン料金や休前日料金があるのは、需要の増加によってエネルギーコストや食材の卸値、そして季節雇用者の人件費相場などが上がるので、それに応じたコスト回収が必要だからである。
これらは、主に直接予約やネットエージェントの場合に適用されているが、大手旅行代理店に提供されるプランに定員ベースの割り増しはあまり聞かない。
しかし、合理的説明のつくトップシーズン価格や休前日料金については容認しているようである。高額な送客手数料の上に更に上乗せしてもらえるから、ビジネスとしては当然だ。
このように、『一泊二食』とその料金は、戦後日本の高度経済成長期からバブル崩壊迄の間に爆発的に増えた団体客向けの大型旅館と旅行業界との間の取引で形成された、極めて昭和な商習慣である。それ故に、増加傾向にあるインバウンドには分かりづらく、それで儲けたい外資系マッチングサイトも売りづらいようである。単純に価格を比較するのも不可能だ。
とはいえ、『一泊二食』は我が国固有の無形の文化でもある。これをなくそうというのは度が過ぎた日本文化の軽視だ。また、伝統的旅館そのものがディスティネーション(目的地)であるとの声もある。店探しや料理のチョイスに失敗しない『和食』のフルコースが提供されるからだ。
一泊二食の旅館を選択する顧客の『食』に対する関心は高い。それは既に一つのガストロノミー・ツーリズム(その土地ならではの食や自然・文化をたのしむ旅)なのである。

(O・H・M・S・S「大宇陀・東紀州・松阪圏サイトシーイング・サポート」代表)