2018年5月

平昌五輪でスノボ日本代表のトレーナーを務めた樋口さん

平昌五輪でスノボ日本代表のトレーナーを務めた樋口さん

名古屋市生まれで津市美杉町で育った樋口守さん(41歳)は、スノーボード(ハーフパイプ)の元プロ選手で、現在は接骨院を経営している。2月の平昌五輪でスノーボード日本代表のトレーナーを務め、選手として果たせなかった「五輪に行く」という念願を叶えた。
樋口さんは家業が「美杉鈑金」(美杉町)で、松阪工業高校自動車科に入学し修学旅行で初めてスキーを体験。その後、岐阜県の高山自動車短期大学に進学し、趣味としてスキーをする費用を賄うため、スポーツ用品店でバイトを始めたが、その店がスノボ用品を扱っていたのがきっかけでスキーではなくスノボに熱中した。
卒業後は三菱自動車に就職したが、スノボ選手を目指すため約1年で退職。自身にとっては、大きな決断ではなく自然なことだったという。
練習拠点を北海道旭川市に置き、21歳頃からハーフパイプの大会に出場し始める。当時、上手い人が滑っているビデオなどで観ると簡単そうに見える技も、自分が挑戦すると難しく全くできなかった。しかし樋口さんは悲観するどころか「面白い」と感じ、練習を重ねて技術を磨いていった。
その努力が実り2006年のトリノ五輪の強化指定選手になったが、最終予選で落選し、それを機に29歳で現役を引退。
引退後、会社勤めを経て、トレーナーとして五輪に行きたい、自分で事業をしたいと専門学校で学び柔道整復師の資格を取得した。2014年から全日本スキー連盟ナショナルチームでスノーボードのトレーナーを務めている。
平昌五輪では、トレーナーとして参加できて嬉しかった一方で、スノボは大規模な国際大会が毎年開かれていることもあり、「選手にとって五輪は、最終目的ではなく通過点」とも感じたそう。
また樋口さんがこの五輪で最も印象深いのが、大怪我を乗り越え出場した平野歩夢選手(ハーフパイプ)の銀メダルで、「歩夢と話していると、『すごい』と感じます。人が、ある事をやろうと行動するとき、嫌なことや辛いことが絶対ある。例えばダイエットをしようと思い、じゃあ走ろうと思うが、走るのは辛いじゃないですか。そういうことを『辛いけど、楽しくないけど、自分が決めたことだからやる』という感じの子です」。
3月には津市一身田平野に「むすび接骨院」をオープン。運動を取り入れた施術を行っている。
また三重県では今年7・8月に高校総体、2021年に国体が開催されるためスポーツの活性化が期待されていて、樋口さんは地元のアスリートに向け「夢を持ってほしい」と話している。

オープニングを飾った豊福千賀会による「津音頭」

オープニングを飾った豊福千賀会による「津音頭」

4月28日、津リージョンプラザお城ホールで、『第63回チャリティ民踊・舞踊まつり』が開かれた。主催=津音頭保存会、豊福千賀会。
津まつりなどでおなじみの津音頭保存会は昭和39年に発足。津市の市制75周年を記念して作られ、今や津市の郷土芸能として市民に親しまれる津音頭の伝承・保存を目的に活動。この催しは60年以上続く名物行事で、毎年多くの会が参加。
開会の際、同保存会の鳥山豊福千賀会長は「今日も一日楽しんで頂きたい」と挨拶。
今年も豊福千賀会による「津音頭」を皮切りに、華やかな衣装に身を包んだ参加者が次々とステージに登壇。高校生から90代と幅広い出演者たちが津々浦々の曲に合わせた踊りを披露すると大きな拍手が送られた。
また、出演者の参加費の一部と会場で行った募金は地域福祉に役立ててほしいと後日、津市社会福祉協議会へ贈った。

丁寧にマコモを植える子供達

丁寧にマコモを植える子供達

津市美杉町中太郎生地区の水田で、1日、美杉小学校3年生11名と4年生5名が、イネ科の植物「マコモ」の植え付け体験を行った。
主催は同小と、太郎生地区に住む50・60代の7名で構成し、地域活性化を目指してマコモの特産化に取り組んでいる団体「八十六石まこもの集い」=横川惣吾代表。
同団体は、平成22年発足。マコモの栽培・販売を行っている。
植え付け体験は美杉小3・4年生を対象に農業体験の一環で毎年実施しているもので、今年で7年目。子供達は田んぼに入り、最初は冷たい泥の感触に戸惑っていたが、慣れると楽しみ、約1時間で600株を植えた。児童は、夏頃に植えたマコモの成長を観察し、秋に収穫する予定。
横川代表は「おかげで販路拡大し需要も増えてきたので、作り手である会員を増やしたい」と話している。問い合わせは横川代表☎090・9198・8199へ。

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