1970年に開催された大阪万博での三菱未来館

1970年に開催された大阪万博での三菱未来館

1970年の大阪万博は、科学技術と相互理解の発展を通じた明るい未来を披露した。その規模は、総面積330ヘクタールに77の国と4つの国際機関の参加で、開催期間は、3月14日から9月13日の183日間。当時、日本の人口の半分以上である6422万人が訪れた。
テーマは『人類の進歩と調和』。おまつり広場の『太陽の塔』に、米・ソ宇宙開発競争がもたらした『月の石』、海底都市や海底牧場、リニアモーターカーにロボット、家庭用コンピュータ装置に携帯できる電話器、また、ヨウ化銀のミサイルで台風を消滅させる短編映像なども見られた。
そのパビリオンは『三菱未来館』。テーマは50年後の日本、すなわち2020年の日本である。1階から入場した見物客は、先ずエスカレーターで3階の展示スペースに送られ、そこからは81基の動く歩道で、5つの展示室を見て回る仕組みだった。くだんの映像は、特撮が東宝、音楽は伊福部昭。円谷英二の最後の仕事であったともいう。
さて、このような気象制御技術は1947年より各国で研究されており、人工降雨などは小規模ではあるもの、今や一部の国では実施されている。単純なシステムとしては、スキー場の降雪装置などもある。
また、台風の制御も検討されていた。米国における1969年8月のハリケーン・デビーに対する実験では、最大風速50m/秒を35m/秒へと30%低下させることにより、風速の2乗に比例した建造物損壊に対する風の破壊力を半減させている。
記録によると、5機の航空機にはヨウ化銀を含む散弾ポッドを搭載、8機の航空機には観測機器を積んでデビーに向かい、台風の目の壁の外雲にヨウ化銀の煙を拡散すべくポッドを投下、高度約1万1000メートルで爆発させた。『三菱未来館』の短編映像は、その進化の姿だったのであろう。
ところが、その後の実験はあまり進んでいない。突然のコース変更などの予期せぬ結果が出る心配があるからだ。また、台風のコントロールのあり方についても懸念がある。関係する各国の利益調整が非常に困難なためだ。例えば、台風は災害原因だけでなく、場所によっては大切な水源である。
しかし、この半世紀の間には、情報処理技術と共に、シミュレーション技術も格段に進歩した筈ではないのだろうか。 例えば、北京気象局の天候修正事務所には、人工降水や人工洪水制御、人工霧除去事業もある。
地球温暖化の影響で極端な気象災害が増えている昨今、積極的な気象制御技術をもって、被害を少しでも食い止められん事を切に願うばかりである。 (O・H・M・S・S「大宇陀・東紀州・松阪圏サイトシーイング・サポート」代表)