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2018年7月
故事・ことわざ辞典で調べものをしていた時のことである。猫の首に鈴を付ける云々、が目に止まったのである。これは「イソップ物語」の寓話に基づくとある。
猫の首に鈴を付けるという表現はしないが、人間社会では常に用いられている。特に政治の世界においても、企業やその団体においても、日常的に行われている行為である。思い起こせば、私が所属していた業界の(屋外広告)役員の中に長期に渡る会長職にしがみついて、自ら勇退をしない高齢の大先輩がいて困り果てていた。
組織の人達は、本人の居ない所では言いたい放題の陰口は言っても、いざとなれば本人の前で何も言えないと言う情けない状況が続いた。
そんなある日のこと、私がその話を耳にしたのである。その問題が解決すれば停滞していた組織は活性化し、人材の刷新も図れると期待は大であった。そこで、その役員の首に鈴を付ける、手助けをすることになった。
その役員は、同じ地域に気心の通じるもう一人の役員がいた。私も心をゆるせる人物だったので、その役員に宛てて手紙をかいたのである。
手紙には、人間引き際を間違えると自身の人間性はおろか、信用も感謝されていたことも全て失うと。しかも、勇退は自身の花になる云々と、付け加えておいた。それを貴方の口から言って諭してやっては如何なものかと言い含めたのである。
後日、手紙を送った、その役員から電話があり、驚いたことに、私の手紙を、そのまま問題の役員に、こんな手紙が三重県の私から来たから読んでおいてくれと、いきなり手渡したと言うのである。なんと言う馬鹿なことをしてくれたものだと思ったが、後の祭りである。私は三重県で、彼らは名古屋と言う地域差もあって、気になりながらも暫く様子を見ることにして、時が流れるのを待っていたのである。
すると、鈴を付けられた本人から直接電話があって、手紙を読んで、よくよく考えたら君の言う通りだと反省していると言うのである。そして、全ての役職を辞任したい旨を協会に申しでたそうである。これで一件落着はしたものの、大先輩への失礼な行為について心を痛めていた。後に、息子さんに会う機会が有って話を聞くと、親父は貴方に感謝していて、お前から宜しく伝えてくれとのことであった。それを聞いて、やっと胸を撫でおろしたのである。
それから暫くして、今度は東京でも名古屋似上に厄介な問題が起こっていた。その役員は東京の地区に所属していて四期八年、会長の職を続けていていたので、うんざりしていると言うのである。その役員は連合会の会長も兼ねていたので複雑である。まして、業界では天皇とまで言わしめた人物である。業界では珍しく東大出のバリバリで、威厳も寛容も備わった風格のある人物で、誰も口出しができなかったと言う。
しかし、組織の刷新を図るためには、鈴を付けるしかないと誰もが思っていたようである。
ちょうどその頃、損保に絡む収益事業の不備が、内部告発によって表面化した。その内容は十数年間に及ぶもので、総額にして、なんと億にも及ぶ膨大な手数料が、大手の損保会社から協会へ支払われる筈の収益事業であった。本来は、決算報告書に明示されるべき事案が審議されてこなかった執行部の責任は重い。それに対する、理事会への質問状である。
そして、総会前に行われる、年に一度の常任評議員委会に出席したのは、委員になって二度目の出席であった。忘れもしません。東京は日比谷公園の野外ステージから向かって、右手に中国の周恩来首相が立ち寄ったと言う、洋風の洒落た松本楼が緑に包まれて、白い外壁の佇まいを漂わせていた。一階はレストランになっていて、二・三階は会議室で、その三階は円卓の会議室になっており、八十人はゆうに座れる広さの部屋がある。
協会の常任評議委員は、全国四十七都道府県からなり、その中から理事が十二名、監事が二名、それに正副会長と専務理事一名で構成されており、毎年その会議において総会のための審議を尽くすのである。現在では、かなり会員数が少なくなったが、当時は四千五百社の陣容を誇っていた。
会議は恒例の順序に基づいて進行し、最後の議題であった質問事項で指名を受けて質問に立った私だったが、会議室は一瞬静寂に包まれた。私にも緊張が走った。質問状の内容に沿って質疑始まったが、出席者からは誰一人として異議を唱える者はいなかった。むしろ静寂はその後もつづいた。たまりかねた司会者から、出席者に対して案件について、力を込めて問いかけたのである。すると、理解をされたのか会場にどよめきが起こったのであった。そのあと、誰となく執行部への退陣要求が出され、次なる組織の刷新について意見が交わされ、新しい執行部の陣容が次々と決議され、総会への準備が整っていった。
後に行われた懇親会では、寂しさを覗かせていた会長に労をねぎらい、握手を交わし再会を約束して会場を後にした。
これも内部告発を契機にした、猫の首に鈴を付けるに等しい所作であったのではないかと思うのである。
2018年7月26日 AM 4:55
18日、津市島崎町のベルセ島崎で、三重県在住の九州7県人やゆかりの人々が集う「三重県九州人会」=川崎正次会長=主催の「ビールまつり」が催された。
今回は会員100名が出席。懇親会は、鹿児島県出身の歌手・麻中さとみさんの歌謡ショーでスタート。参加者は冷房の聞いた屋内会場で冷えたビールを飲みながら、カラオケ大会、特別抽選会、新入会員8名の自己紹介などで盛り上がった。
猛暑続きということもあり、参加者からは「涼しい会場の中、様々なイベント企画で楽しめた」と喜びの声が聞かれた。
来年2月16日、プラザ洞津=津市新町=で総会を開催予定。
新規入会希望者は田中事務局長☎059・293・5871まで。
2018年7月26日 AM 4:55
7月13日の英国サン紙によると、トランプ大統領は、EUとは離脱後も緊密に連携したいとするメイ政権の方針について、米国との自由貿易協定(FTA)に悪影響を及ぼすとの見解を示し、ロンドン近郊での共同記者会見ではメイ首相に、(貿易に)制約を設けないようにと呼び掛けた。
メイ政権は、農業製品の安全基準などに関してEUが決めたルールを離脱後も順守する方針であり、EUが輸入規制を緩和しない限り、英国が譲歩できるわけないからである。
農業製品は、米国とのFTAにおいて中心を占める公算が大きい。7月6日に決まったこの方針について、EUからの独立を重視する与党・保守党のEU懐疑派からは、これで米国とのFTAがほぼ不可能になったと首相を批判してもいた。
私は日本の状況を踏まえ、JETOROの『EUにおける食品流通関連規制について』を確認した。7月17日に、EUの経済連携協定(EPA)に調印したからだ。
確かに、EUへの輸出には、原材料、食品添加物、残留農薬/重金属、ラベル表示、容量/容器、放射性物質の検査項目に加え、HACCPに関する記述も含まれており、米国のそれよりも遥かに厳しいものである。
米国は、1997年より順次、州を越えて取引される水産食品、食肉・食鳥肉及びその加工品、果実・野菜飲料については、HACCPによる衛生管理を義務付けてはいるが、米国内で消費される食品を製造、加工、包装、保管する全ての施設には、2011年1月に成立した『食品安全強化法』によって、アメリカ食品医薬品局 (FDA)への登録とその更新を義務付け、対象となる施設にはHACCPの概念を取り入れた措置の計画・実行を義務付けている。限定的なのだ。
一方、EU諸国では2004年より、食品製造、加工、流通事業のすべてにおいて、HACCPの概念を組み込んだ衛生管理を一次生産者以外に義務付けている。全てにだ。
つまり、米国は世界一インバウンドが多い国だが、全ての飲食店にまでHACCPを強要しているわけではない。もし、国が『基準B』をゴリ押ししようものならば、移民系の飲食店は政治力を駆使して抗うだろう。早くからHACCPを取り入れたマクドナルドは、グローバル展開上必須だったに過ぎないのだ。
ひるがえって、日本では伝統的な日本の食文化にもHACCPを強制しようとしており、東京五輪が開催される2020年を目標に、EUと同じ『HACCPバリアー』を築くつもりでいる。調理中に職人が記録を付けることなどできっこないにもかかわらずだ。何しろ、食材が29品目ある彩り豊かな松花堂弁当だったら、29冊の記録用ノートが必要なのである。
この懸念は、日本では一切ニュース報道されてはいない。そして、HACCPのみならず、EU発であるGDPRについてもである。
(O・H・M・S・S「大宇陀・東紀州・松阪圏サイトシーイング・サポート」代表)
2018年7月26日 AM 4:55