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2002年にハヤカワ書房から出版されたレイモンド・ベンソンの『赤い刺青の男』は、小説版の版権を持つイアン・フレミング財団の許可を得た公式のボンド小説である。筋書きは、香川県の直島で開催されるG8サミット警護のために、ジェームズ・ボンドが再び日本に派遣されるというもので、その背景には、2008年のG8サミットを『瀬戸内サミット』として、香川県が岡山県と誘致していた事にあった。
結局のところ、2008年のサミットは『洞爺湖サミット』になったが、当時、直島では県も巻き込み007映画のロケ隊誘致に奔走、記念館まで建てた。だが、詐欺ブローカーの介在と、小説版と映画版との権利関係の違いから、誘致は涙を呑む結果となった。その顛末は、角川文庫から出版された『ジェームズ・ボンドは来ない』に詳しく描かれている。
事の発端は、2001年にベンソンが取材で直島に三泊した事から始まる。2002年にこの小説が出版されるやいなや映画誘致の夢は、県のフイルム・コミッションから県の観光協会を経て直島町役場へと伝わり、2003年には直島町議会の決議を得、島中に広がった。しかも、直島町観光協会には、ソニー・ピクチャーズ・エンタテインメントの役員を名乗る男も現れ、2004年には県議会も重い腰を上げると、『署名エージェント』を募って5万人もの署名を集め、誘致活動の一環として『香川のボンドガール』コンテストを開催、県庁の総務部知事公室国際課の英国人青年職員を香川のボンドとして選ぶと、観光PR短編映画『直島より愛をこめて』を製作している。
そして、2005年には木造平屋建ての縫製工場を改装した『007赤い刺青の男記念館』をオープン(2018年2月閉館)。更に2006年には、副知事と県議会議長が8万3000人もの署名を携えソニー・ピクチャーズ・スタジオを訪問、二人の副社長に会うに至った。
だが、そこで発覚したのは、直島に現れたソニー・ピクチャーズの幹部が実は偽物で、直島なんて先方にとっては初耳だった事である。しかも、直島では運営資金217万円も騙し取られていたのだ。
責任の擦り付けあいに、ソニーの版権管理会社も『記念館』の更新差し止めと、事態は窮地に陥った。
ところが、この瀬戸内海に浮かぶ約14平方キロメートルの小さな島は、今や現代美術の分野で世界的に知られるようになった。2010年(平成22年)より、三年に一度のペースで開催されている『瀬戸内国際芸術祭 Setouchi Triennale』の中心的開催地となり、世界的に有名な作品が展示され、直島町観光協会によると芸術祭がなかった昨年でも50万人が訪れ、半数以上が外国人だったそうである。
これを受け、基準地価も上昇した。9月18日の産経新聞によると、直島の住宅地は島嶼(とうしょ)部であるにもかかわらず、25年ぶりに1%上昇。2017年には79人が町に移住し、今年4月の人口は約3100人になった。
国土交通省の鑑定員は、急増する観光客のための民宿(民泊ではない)や、町内企業の従業員向け住宅需要が堅調だからだとしている。
まさしくこれは、インバウンドによる『地方創生』の好例だ。そこには007だろうが現代美術だろうが、世界に知ってもらおうとの強い意欲が感じられる。
それに引き換え、三重県は実に奥ゆかしい。せっかくイアン・フレミングが鳥羽から伊勢、松阪、伊賀での探訪を著書『007号は二度死ぬ』に記したのに無関心である。それは今もなお世界で版を重ね、電子版まで出版されているというのにだ。
しかも、8月30日の伊勢新聞によると、三重県では真珠の海外展開に窮しているようだが、この小説には、スペクターの首領ブロフェルドの「すばらしい御木本さんの黒真珠の首かざりを、きみにもう一本買ってやらなきゃなるまい(井上一夫訳)」とのセリフさえあるのだ。
(O・H・M・S・S「大宇陀・東紀州・松阪圏サイトシーイング・サポート」代表)
2018年10月18日 AM 4:55
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