清雲院お奈津の方像

清雲院お奈津の方像

天台真盛宗別格本山西来寺(津市乙部6の14)で11月3日(土・祝)13時から「元三大師大祭」が行われる。
元三大師(がんざんだいし・良源。912─985)は、天台宗の歴史上の高僧。西来寺の元三大師像は、信長による戦禍を逃れて比叡山・横川の元三大師堂からもたらされた格別の由緒を持つ。
当日は法要のほか、文化講演会(14時~)も開かれる。講師は、三重歴史研究会会長の椋本千江さん。演題は「清雲院お奈津の方」。
お奈津は徳川家康の15人の側室のうちの一人で、家康に最も信頼された女傑。家康、秀忠、家光の「葵三大」を支え、伊勢商人の江戸進出を助けた。
1581年の春、安濃郡に生まれたが、その年の夏、父の末弟・長谷川九郎右衛門尉は乳切屋新四郎と名乗って津の大門町に駅路問屋を開いて成功しており、お奈津は駅路問屋乳切屋に預けられて成長した。
かねて家康より信頼のおける近侍の女中を求められていた茶屋四郎次郎の目にとまったのがお奈津。京の二条城に奥女中として仕えたのは16歳の時。
1597年、二条城で家康が入浴中刺客が潜入したが、お奈津の機転と機敏な対応によって刺客は取り押さえられた。この殊勲によってお奈津は側室の地位に取り立てられた。お奈津はその後の天下の激期に女丈夫振りを発揮、重臣に伍して家康六人衆に数えられ側近をして家康を支えた。
家康は75歳で薨じたとき、お奈津はは36歳であった。家康没後も江戸城三の丸の屋敷にあって家光をもよく補佐し1660年、80歳の人生を閉じた。その功に報いてか、お奈津の方は側室のうち唯一人小石川伝通院の徳川家墓所に葬られている。
信心深く、津観音に鐘を寄進し、西来寺には奥殿「お奈津御殿」を建てている。また、同寺の「観経曼荼羅」(当麻曼荼羅)は家康三十三回忌追修のため、お奈津が奉納した。  聴講無料。事前申し込み不要、直接会場へ。
問い合わせは西来寺☎津228・0690へ。