津市藤方に牛舎を構え、牛乳やチーズを生産している「鈴木牧場」
=鈴木克美代表(65)=が、同市美杉町竹原の放置されていた面積約50㏊の山を生かし、野シバなどの草地で牛の完全放牧を行う「山地酪農」に着手した。故・猶原恭爾氏が提唱した全国でも珍しい酪農方式で、急傾斜地を含む山の保全や、牛の健康向上に繋がる。昨年末に放牧を開始し、今後数十年かけて草地化などの牧場整備に取り組む。

 

 

山地酪農の牧場「珠の牧」で、斜面を下りる牛たちと鈴木さん

山地酪農の牧場「珠の牧」で、斜面を下りる牛たちと鈴木さん

「鈴木牧場」は鈴木さんの祖父が創業し、家族経営で100年以上続く老舗。現在、100%自給の牧草で約40頭の乳牛を飼育している。
このほど着手した「山地酪農」は、植物社会生態学者の故・猶原恭爾氏が戦後まもなく提唱。放置されている山地を生かした放牧酪農で、経済規模拡大ではなく、人や牛の健康や精神的な豊かさを重視する。
主に日本在来の野シバを利用し、山の急傾斜の地形を保全しながら、数十年かけて草地化。乳牛を畜舎に入れずに24時間365日放牧するのが特徴。
牛が草を食べて、その栄養分をもとに体内でたんぱく質豊富な乳が作られ、ふん尿は肥しとなり、土壌や草が育つという循環型の酪農。
野シバは牛が好んで食べる丈夫な永年草で、根が数十㎝にもなるため土壌崩壊を防ぎ、景観向上にも役立つ。日本は温暖な気候で雨や日射量も多いため、生育は速い。
放牧される牛は穀物ではなく草をメインに食べるため乳量は比較的少ないが、自然の中で伸び伸びと育つことでストレスが減る。また一般に舎飼いの乳牛は5~7歳ほどで食肉用として処分されるが、山地酪農では10歳以上生きる牛も多い。
放牧により、重労働や飼料費を軽減できるのも利点。昭和30年代から普及し始め、最近、日本の自然環境に適した持続可能な酪農として注目されつつある。
鈴木さんは東京農業大学在学中、猶原氏から直接指導を受け、当時から山地酪農の実践を目指していた。また当時の先輩などが岩手県をはじめ各地で長年営んでいる山地酪農では、広大な牧場に野シバの鮮やかな緑の絨毯が広がり、牛と自然と人が調和。牧場関係者だけでなく、地域内外から人が集い、心癒やされる場となっている。
鈴木さんはそれらの牧場で実習や見学を行い、平成28年、美杉町竹原の同市白山町二俣地区・福田山地区との境にある面積約50㏊の放置されていた山を購入。「珠の牧」と名付けた山地酪農の牧場を開くため、平成30年の1年間、地元住民への事業計画の説明を行い、同年12月25日から、1歳頃までの妊娠前の雌牛の入牧がスタート。現在14頭を放牧している。
そして今後、主な拠点を藤方の牛舎から珠の牧へと徐々に移しながら、山地酪農の環境整備に取り組んでいく。
放牧する頭数は、牧場の面積1㏊あたり成牛1頭ほどが目安だが、数字にこだわらず、牛の様子や牧草などの自然を慎重に観察し、適正な頭数を探る。搾乳は、敷地内に搾乳場を設けて1日2回、朝晩に行う予定。草地化では伐採・野シバの植栽などを実施する。
日本の山林は国土の7割を占めるが、林業の衰退などにより、多くが荒廃している。山地酪農はそのような山を食糧生産の場に変え、人や牛の生活の質向上に繋がる画期的な農法で、鈴木さんは「文明ではなく、日本の土地に今までなかった文化を創造することができる。そして、それ自体が人育てにもなると思う。こういう事業を行う牧場がさらに出てきたら、日本の名物になる」と話している。