2019年3月

茶道体験で園児(左)に作法を教える学生

茶道体験で園児(左)に作法を教える学生

2月26日、津市大谷町の学校法人大川学園で、大川幼稚園年長児53名を対象に、三重調理専門学校教諭と、「食育インストラクター」の資格取得を目指す同校2年生22名の指導による恒例の食育教室が開かれた。園児に幼いうちから日本の文化や食に興味を持ってもらうことなどが目的。
園児は学生に教わりながら「2色きんとん」作りに挑戦。白餡と紫イモの餡をくっつけて丸めて完成させた。その後、2色きんとんを使い茶道を体験。真剣な表情で正座し、挨拶や作法を実践した。また寺西菖さん(20)ら学生による紙芝居で楽しく食を学んだ。
寺西さんは、「子供たちに伝わるかどうか心配だったので、聞こえるようにゆっくりと読みました」と話した。

東日本イベント 10日㈰10時~15時、津市香良洲町の丸政商店で、「2011.3.11 東日本復興追悼イベント~あれから8年~」が催される。主催は同店。
内容は次の通り。
▼東北に向け復興へのメッセージの寄せ書きを募る=宮城県東松島市の大曲浜地区では毎年、「こどもの日」の5月5日に、東日本大震災で犠牲になった子供達が天国で寂しくない様に、子鯉で「家族」のシンボルである青い鯉のぼりを揚げる「青い鯉のぼりプロジェクト」が行われている。そこで今回、来場者に青い鯉のぼりに寄せ書きしてもらい、プロジェクトに送る。
▼寿司、海鮮丼、タコ焼きなどの振る舞い(なくなり次第終了)。
駐車場に限りがあるため、主催者は出来るだけ乗り合わせでの来場を呼びかけている。

国の重要文化財「泉布観」

国の重要文化財「泉布観」

京橋駅近くの国道にかかる鉄橋

京橋駅近くの国道にかかる鉄橋

国道163号は、1号に合流すると、定規で引いたように、まっすぐ南下し、寝屋川の少し北で再び西へと直角にカーブしていく。
この辺りは、1614年に起こった大坂冬の陣と呼ばれる戦の一つ「今福の戦い」があった古戦場。今では高層ビルが並ぶこの地域も当時は低湿地帯。徳川家康が大坂城を攻める足掛かりの付け城を築くため、久保田(秋田)藩祖・佐竹義宣に今福村を攻めさせた。義宣は木村重成や後藤基次らを相手に奮戦、重臣を失うなど大きな犠牲を払いつつも切り抜けた。元々、佐竹氏は、常陸(現茨城県)を所領とする名門で、関ケ原の戦いでの行動をとがめられ、久保田に転封されたが、この戦功は幕府にも高く評価された。義宣は善政を敷き、現在の秋田市を中心に秋田県の礎を築いた。佐竹氏の統治は幕末まで続き、領民からも慕われた。佐竹敬久秋田県知事はその分家出身。
西へ進む国道に沿って歩くと間もなく京橋駅。前にお話しした大坂と江戸を結ぶ東海道五十七次の終点。大坂と京を結ぶ京街道の始点が当初あった場所。現在でも多数の路線が乗り入れる大阪市を代表するターミナル駅。形を変えつつも、交通の要衝として存在感を放っている。
そのまま西へと進み、大川にかかる桜宮橋を渡ると、いよいよゴールのある大阪市北区。国道を挟んで北側に国の重要文化財である泉布観と旧桜宮公会堂(旧造幣寮鋳造所正面玄関)。共に明治時代初期の建物で、現存する国内の洋風建築では最古に属する。泉布観は旧造幣寮の応接所、旧桜宮公会堂は旧造幣寮の玄関を移設した建物で現在は結婚式場として活用されている。造幣局構内の道は4月中旬に開放しており、「桜の通り抜け」は全国的にも有名。しかし、この造幣局の桜が、橋の近くにあった津藩の藤堂家蔵屋敷に植えられていた桜の木を移植したのがルーツということは余り知られていない。拡大解釈をすれば、テレビ中継でお馴染みのあの景色も津あってのものといえる。そう思うと、なんだか誇らしく思えるのは節操がないだろうか。
ここまでくれば、163号の始点がある梅田新道交差点は、もう目と鼻の先。長い旅ももうすぐ終わる。喜び、安堵、寂しさ…。一言では言い表せぬ感情が胸中で渦巻いている。(三重ふるさと新聞・麻生純矢)

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