「敵飛行機発見!」 雲井保夫

昭和20年〔1945年〕5月14日、アメリカ陸軍航空隊隷下、第21爆撃兵団第58爆撃航空団〔テニアン島西飛行場〕、第73爆撃航空団〔サイパン島イスリー飛行場〕、第313爆撃航空団〔テニアン島北飛行場〕、第314爆撃航空団〔グァム島北飛行場〕からボーイングB29スーパーフォートレス爆撃機が爆撃目標地を愛知県名古屋市北部市街地と定め、そこにM69型焼夷弾を投下せよという任務を負って出撃した。
その総数524機である。コード名:マイクロスコープ、第1目標上空時間:午前8時5分~9時25分。作戦任務第174号。攻撃開始地点は滋賀県近江八幡市の大中瑚。
出撃した524機のB29爆撃機の中に次の1機がこの作戦に加わっていた。B29の機体番号〔#44─69966〕、第58爆撃航空団、第462爆撃航空群、第770爆撃飛行隊に所属。
機長でパイロット、ディーン・ハロルド・シャーマン中尉 認識番号0─737484。副操縦士 セオドル・C・レイノルズ少尉 同0─828530。航法士 ロバート・C・オア少尉 同0─2058535。爆撃手 ノーマン ソロモン少尉 同0─708948。航空機関士 ロイド・G・ミラー2等軍曹。無線士 ジェリィー・W・ジョンソン伍長 同14135602。レーダー士 ベンジャミン・W・プリチャード伍長 同33540578。中央機関銃制御手 エヴァン・I・ハウエル伍長 同35813612。左側機関銃手 カール・H・マンソン伍長 同39557781。右側機関銃手 ポウル・R・ラバディー伍長 同36888812。機体尾部機関銃手、エドワード・R・ジェントリー伍長 同14071549。以上11名が搭乗していた。
B29群は潮ノ岬及び紀伊水道方面から日本本土に侵入し、奈良県、琵琶湖を経て西方から名古屋市の爆撃目標地に対し、焼夷弾を投下するという飛行経路を取った。攻撃開始地点は滋賀県近江八幡市の大中瑚。この地点から右旋回して東に針路をとれば、名古屋市北部に到達する。名古屋市北部に焼夷弾を投弾後、静岡県の浜名湖方面から太平洋に向けて離脱することになっていた。
神奈川県の海軍厚木基地の「第302海軍航空隊」の副長・菅原中佐の指揮で月光隊と彗星隊の大半計20機が昭和20年5月12日から10日間、陸軍の伊丹飛行場へ伊丹派遣隊として振り向けられていた。彗星夜戦分隊の第3飛行隊に、中芳光兵曹〔丙種飛行予科練習生第4期〕操縦と、金沢久雄少尉〔飛行予備学生第13期〕偵察、がいた。乗機は「彗星12戊型」〔D4Y2─S〕228号。
伊丹飛行場には空襲警報のサイレンが鳴り、全邀撃戦闘機は緊急発進した。金沢・中機も発進した。「敵機は奈良上空」という無線連絡を受け、奈良県上空に向かった。 シャーマン機は潮ノ岬付近から奈良県上空を飛行して、爆撃開始地点を目指していた。
金沢久雄少尉の手記から当日関係分を抜粋する。
「5月14日の早朝、けたたましい空襲警報のサイレンが飛行場に鳴り響き、目が覚めた。さては…とびおきて、飛行場まで突っ走る。20ミリ機銃弾は、まだ夜間用のものがつめこまれているはずだ。当地にきて、はじめての邀撃戦である。ここには他部隊の戦闘機部隊も同居している。まごついてはいけない。「中兵曹、ぬかるまいぞ」互いにカツをいれながら、愛機「ヨD─228号」へ向かう。
機付け整備員もともに派遣されているので、いつもの顔ぶれが愛機を丹念に点検してくれている。「228号、どんぴしゃです」。頼もしい整備員の力強い声。チョークがはずされ滑走路へ。一番機に続いて我が機も離陸を開始する。我が一小隊は馬場分隊長を一番機とする三機編隊。われわれは二番機である。哨区は神戸上空6千500メートルである。
飛び立ってみると、意外に雲量が多い。徐徐に高度をとる。さらに高度をあげて雲上に出る。大阪湾の海外線が、雲のあいまに見えかくれする。と、一番機がバンク〔翼をふって合図すること〕しながら、編隊から脱落した。エンジンの調子でも悪いのか。無事を祈る。
機内温度が急激に下がってきた。高度5千メートルを過ぎた頃、編隊を組んでいた三番機も、バンクしながら脱落していった。ついに単機となってしまう。やがて雲間から淡路島が朝モヤにかすんで大きく浮かび上がってきた。右に旋回する。「零戦」が三機編隊で行く手を横切っていった。零戦がんばれ!思わず心の中で叫ぶ。
真綿を敷きつめたような白一面の雲海を飛ぶ。ちょうど神戸上空を思われる高度6千500メートルを飛行中の時だ。基地から総飛行隊あて、「テヒナラ」〔敵飛行機、奈良上空〕を打電しているにを傍受した。
「中兵曹、敵は奈良上空だ」
「奈良に向かいまーす」
いったん大阪湾に出て、堺上空のあたりから陸地へ向かった。大きな雲の塊があちこちに浮いている。高度7千メートル。上空、あるいは同高度にばかりに気を取られて見張っていると、
「いたいた。下を見てください。ワンサといます」と前の操縦席の中上飛曹から声がある。なるほど、いるわいるわ。見慣れたB29の大編隊が、9機ずつの凸梯陣を組んで、ぞくぞくと北上していく。すごい大梯団である。基地へさっそく「敵飛行機発見」を打電する。
(次回に続く)