ついにB29一機を撃墜

(前回からの続き)
高度差はわれに優位である。まずは、「彗星」の両翼にだいている「三号爆弾」の攻撃からはじまるはずだ。基地に「ワレ突撃にうつる」を打電する。敵の高度は5千メートルくらいか。さいわい。断雲にかくれて索敵行動ができたので、敵はまだ気づいていない。
「酸素全開ヨロシ」と私が告げると、
「酸素全開…突っ込みまーす」
とたんに急降下にはいった。高度はみるみる6千メートルになった。敵との高度差1千メートルで、「三号爆弾」を投下しなければならない。
「爆弾投下!」
中兵曹の緊迫した声が私の耳を打つ。わが機はほとんど垂直である。そして敵編隊の前上方で切り返し、そのまま突き抜けて、こんどは編隊の下に食い下がるのである。
たったいま落としたばかりの爆弾のゆくえを、ちらっとうかがう。確かに炸裂したはずだ。が、その効果は判然としない。体に物凄い負のGがかかって、いっしょに積み込んである偵察用具がみんな浮き上がって、私の眼の前でふわふわ浮いている。それを取り押させようとしても、私の体も浮き上がっているので、どうすることもできない。
敵から見れば、ちょうどわれわれは前上方にまっさかさまに落ちてくる態勢になる。わが機めがけて敵編隊の各機の銃口からパッパッと吐き出す硝煙が、またものすごい。風防ごしに、手に取るようによく見える。「高度5千メートル、340ノット」と前席の中兵曹に伝える。これはすでに「彗星」の制限速度を越えていた。
ものすごい敵の射撃だ。弾幕がわが機を網の目のように取り囲む。こんなのは、今だかつて経験したことがない。が、さいわいにも、この猛射を無事に切り抜ける。
今度は機首を立て直して、「斜銃」攻撃の番だ。再び切りかえし、反転して敵の胴体下に同航姿勢でもぐりこむ。この時、わが機は、少し敵機より前にのめり出るのがコツである。
ものすごいプラスのGがかかった機首を上げながら、敵編隊の一番機をとらえ、照準を合わせる。ピタッとその機の真下に食い下がった。
「ダダダ…」
しかし不思議に弾のゆくえがわからない。そうだ、これは夜間攻撃の弾なのだ。曳痕弾が入っていないのだ。一撃が終わり、機首を突っ込んでスピードをつけ、二撃目を…。
よく見ると、B29の両翼の付け根および右内側エンジンあたりに、パッパッとわが機銃弾が炸裂しているのが見える。
「当たっている、もう少しだ。撃て、撃て、撃て…」
二撃目が終わろうとしたころ、右内側エンジンから白煙が尾をひいた。が、まだ不完全だ。第三撃にかかるため、ふたたび機首を突っ込み、敵編隊よりうんと前にのめり出す。そしてスピードのついたところで、機首を上げながら撃ち込んだ。
これでもか、これでもか、とばかりに猛射する。不思議に他の敵機から撃ってこない。白煙をひくエモノだけをにらみつづける。
三撃目も終わりに近づいたころ、さしもの敵機もついにエンジンがストップ。4枚のプロペラが十文字になって、ピタリと止まってしまった。
「ちくしょう、落ちないか」
手をのばして引きずり落としてやりたい衝動にかられる。敵集団はわれわれを振り切るようにして、北上をつづける。しかし、一基のエンジンの止まった機はみるみるスピードが落ちはじめる。
「落ちろ、落ちろ!」
大声で叫んでみるが、このくらいで落ちるB29ではない。わが機は、なおも食い下がって追従する。キズついた機から、搭載物がさかんに投下される。少しでも軽くないたいのだ。そうして身軽になって、なんとか硫黄島まで帰りつきたいのだ。
すると、どうであろう。後方にいた編隊の中から一機がスーッと出てきて、この手負いの僚機にぴったりと寄りそうではないか。そして編隊を組む集団からぬけ出て右旋回し、南下し始めた。ちょうど琵琶湖上空である。
わが機も弾こそないが、右旋回で敵の胴体下に、小判ザメのようにぴったりとくいついてやった。
風防ごしに下をみると、三上山〔注、「三上山」は滋賀県野洲市にある〕の一部が燃えて、煙が立ちのぼっている。キズついたB29が捨てた爆弾か焼夷弾のためであろう。なんだか申しわけない気持ちである。
なおも執拗に食い下がったが、ついに落ちるようすもない。わが機も燃料が心配になってきたので、引きあげることにする。
基地に着陸し、いつものように地上指揮官に戦果「撃墜おおむね確実1機」の報告をすませた。そのあと、隊員心づくしの熱いウィスキー入り紅茶を、しみじみと味わった」。
(次号に続く)

 

チンチーンとおりんを叩いて仏壇から羊羹を下げてきた。お下がりをいただく時におりんを二回鳴らすのは、子どもの頃からの習慣だ。
鳴らすのが二回で合っているのかどうか、そもそもそういう時に鳴らすべきなのかどうか、よく知らない。宗派によって違ったりしそうだけれど、お寺さんに確かめたこともない。さて、義母はいったいどうしていただろう。夫に聞いてみたが「知らん」と言う。
私は幼い頃に祖母から教えられた。「チンチーンと鳴らしてからまんまんちゃんあんしてちょうだいと言いなさい」そうすれば、仏さまにお供えしてあるお菓子がいただけた。私も自分の子どもにそう言ってきた。鳴らし方が合っているとか合っていないとかはさておき、先祖がいて自分がいるということを教える機会であったと思っている。
お盆を迎えたおりんは、少しの曇りもなく磨かれ仏壇の前で輝いている。チーンと鳴らすと余韻がずいぶん長く続く。美しい音色だ。
このおりんの音色を生かして、おりんコンサートという演奏活動をする人もいるそうだ。そうなるともう、鳴らし方が合っているとか合っていないとかを超越した場所にある。
人それぞれに信じるものも考え方も違う。ここではおりんは長い歴史を経て、美しい完成形となっていると結んでおこう。 (舞)

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