2019年8月

ついにB29一機を撃墜

(前回からの続き)
高度差はわれに優位である。まずは、「彗星」の両翼にだいている「三号爆弾」の攻撃からはじまるはずだ。基地に「ワレ突撃にうつる」を打電する。敵の高度は5千メートルくらいか。さいわい。断雲にかくれて索敵行動ができたので、敵はまだ気づいていない。
「酸素全開ヨロシ」と私が告げると、
「酸素全開…突っ込みまーす」
とたんに急降下にはいった。高度はみるみる6千メートルになった。敵との高度差1千メートルで、「三号爆弾」を投下しなければならない。
「爆弾投下!」
中兵曹の緊迫した声が私の耳を打つ。わが機はほとんど垂直である。そして敵編隊の前上方で切り返し、そのまま突き抜けて、こんどは編隊の下に食い下がるのである。
たったいま落としたばかりの爆弾のゆくえを、ちらっとうかがう。確かに炸裂したはずだ。が、その効果は判然としない。体に物凄い負のGがかかって、いっしょに積み込んである偵察用具がみんな浮き上がって、私の眼の前でふわふわ浮いている。それを取り押させようとしても、私の体も浮き上がっているので、どうすることもできない。
敵から見れば、ちょうどわれわれは前上方にまっさかさまに落ちてくる態勢になる。わが機めがけて敵編隊の各機の銃口からパッパッと吐き出す硝煙が、またものすごい。風防ごしに、手に取るようによく見える。「高度5千メートル、340ノット」と前席の中兵曹に伝える。これはすでに「彗星」の制限速度を越えていた。
ものすごい敵の射撃だ。弾幕がわが機を網の目のように取り囲む。こんなのは、今だかつて経験したことがない。が、さいわいにも、この猛射を無事に切り抜ける。
今度は機首を立て直して、「斜銃」攻撃の番だ。再び切りかえし、反転して敵の胴体下に同航姿勢でもぐりこむ。この時、わが機は、少し敵機より前にのめり出るのがコツである。
ものすごいプラスのGがかかった機首を上げながら、敵編隊の一番機をとらえ、照準を合わせる。ピタッとその機の真下に食い下がった。
「ダダダ…」
しかし不思議に弾のゆくえがわからない。そうだ、これは夜間攻撃の弾なのだ。曳痕弾が入っていないのだ。一撃が終わり、機首を突っ込んでスピードをつけ、二撃目を…。
よく見ると、B29の両翼の付け根および右内側エンジンあたりに、パッパッとわが機銃弾が炸裂しているのが見える。
「当たっている、もう少しだ。撃て、撃て、撃て…」
二撃目が終わろうとしたころ、右内側エンジンから白煙が尾をひいた。が、まだ不完全だ。第三撃にかかるため、ふたたび機首を突っ込み、敵編隊よりうんと前にのめり出す。そしてスピードのついたところで、機首を上げながら撃ち込んだ。
これでもか、これでもか、とばかりに猛射する。不思議に他の敵機から撃ってこない。白煙をひくエモノだけをにらみつづける。
三撃目も終わりに近づいたころ、さしもの敵機もついにエンジンがストップ。4枚のプロペラが十文字になって、ピタリと止まってしまった。
「ちくしょう、落ちないか」
手をのばして引きずり落としてやりたい衝動にかられる。敵集団はわれわれを振り切るようにして、北上をつづける。しかし、一基のエンジンの止まった機はみるみるスピードが落ちはじめる。
「落ちろ、落ちろ!」
大声で叫んでみるが、このくらいで落ちるB29ではない。わが機は、なおも食い下がって追従する。キズついた機から、搭載物がさかんに投下される。少しでも軽くないたいのだ。そうして身軽になって、なんとか硫黄島まで帰りつきたいのだ。
すると、どうであろう。後方にいた編隊の中から一機がスーッと出てきて、この手負いの僚機にぴったりと寄りそうではないか。そして編隊を組む集団からぬけ出て右旋回し、南下し始めた。ちょうど琵琶湖上空である。
わが機も弾こそないが、右旋回で敵の胴体下に、小判ザメのようにぴったりとくいついてやった。
風防ごしに下をみると、三上山〔注、「三上山」は滋賀県野洲市にある〕の一部が燃えて、煙が立ちのぼっている。キズついたB29が捨てた爆弾か焼夷弾のためであろう。なんだか申しわけない気持ちである。
なおも執拗に食い下がったが、ついに落ちるようすもない。わが機も燃料が心配になってきたので、引きあげることにする。
基地に着陸し、いつものように地上指揮官に戦果「撃墜おおむね確実1機」の報告をすませた。そのあと、隊員心づくしの熱いウィスキー入り紅茶を、しみじみと味わった」。
(次号に続く)

 

チンチーンとおりんを叩いて仏壇から羊羹を下げてきた。お下がりをいただく時におりんを二回鳴らすのは、子どもの頃からの習慣だ。
鳴らすのが二回で合っているのかどうか、そもそもそういう時に鳴らすべきなのかどうか、よく知らない。宗派によって違ったりしそうだけれど、お寺さんに確かめたこともない。さて、義母はいったいどうしていただろう。夫に聞いてみたが「知らん」と言う。
私は幼い頃に祖母から教えられた。「チンチーンと鳴らしてからまんまんちゃんあんしてちょうだいと言いなさい」そうすれば、仏さまにお供えしてあるお菓子がいただけた。私も自分の子どもにそう言ってきた。鳴らし方が合っているとか合っていないとかはさておき、先祖がいて自分がいるということを教える機会であったと思っている。
お盆を迎えたおりんは、少しの曇りもなく磨かれ仏壇の前で輝いている。チーンと鳴らすと余韻がずいぶん長く続く。美しい音色だ。
このおりんの音色を生かして、おりんコンサートという演奏活動をする人もいるそうだ。そうなるともう、鳴らし方が合っているとか合っていないとかを超越した場所にある。
人それぞれに信じるものも考え方も違う。ここではおりんは長い歴史を経て、美しい完成形となっていると結んでおこう。 (舞)

 発達障害のリアルを当事者・専門家らが語る

発達障害当事者・今井貴裕さん 鈴鹿市出身、37歳。津市などで若い世代の発達障害当事者やその保護者を支援している。東京農業大学在学中によさこいを始め、現在よさこいの衣装を制作するショップを経営。

発達障害当事者・今井貴裕さん
鈴鹿市出身、37歳。津市などで若い世代の発達障害当事者やその保護者を支援している。東京農業大学在学中によさこいを始め、現在よさこいの衣装を制作するショップを経営。

三重県立子ども心身発達医療センターセンター長・金井剛さん 1983年群馬大学医学部卒。児童精神科医。横浜市中央児童相談所長などを経て、2017年現職就任。発達障害などの子供の診療を担当している。

三重県立子ども心身発達医療センターセンター長・金井剛さん
1983年群馬大学医学部卒。児童精神科医。横浜市中央児童相談所長などを経て、2017年現職就任。発達障害などの子供の診療を担当している。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「発達障害」は、生まれつき脳の発達が通常と違うために、幼いうちから現れる症状で、自閉症・ADHD・学習障害など。05年に発達障害者支援法が施行されたが、障害に対する社会の知識・理解不足により多くの当事者が生きづらさを抱えている。そこで本連載では当事者や親、専門家が発達障害のリアルを発信する。第1回の対談者は三重県立子ども心身発達医療センター(津市大里窪田町)の金井剛センター長と、成人後に発達障害と診断された今井貴裕さん(鈴鹿市)。
※連載タイトルの「発達さん」は、「発達障害当事者」の呼称で、最近、当事者などによりインターネット上で広く使われている。

 

 

金井 発達障害の診断名は今、乱雑に使われ過ぎていると思う。人は皆、発達障害の特性のような部分を少しは持っている。僕は「発達障害」は診断名じゃないと思っているくらい。例えば内科で「あなた胃の病気です」と言われたのに等しい。胃の病気にも色々あるのに。診断の告知も大流行で、簡単にしすぎていると僕は思う。土居健郎という有名な精神分析家は「診断は本来、その後の治療の方向性までを含めてあるべき」と。例えば内科や外科で「あなたガンですよ、はいさようなら」では告知と言わないだろうと思うけれど、発達障害に関してはそういうことが最近多い気がする。

今井 僕も「あの人変わってるんだけど、発達障害かどうか診てもらったほうがいい?」とよく聞かれますが、基本的に、本人が困ってないならそのままでいいんじゃないのと答えています。
金井 今、社会に医療化、つまり言動に何か問題があると診断名をつけて医療対象にするという流れがあって、それがとても残念。初診でADHD(※)の患者さんを沢山診るけれど、僕が小学校低学年の頃よりは遥かに軽い子が大勢来る。僕は授業中に消しゴムをちぎって投げたり、物を失くすことも多かった。それが廊下に立たされることで許されていたが、今そうだと「病院へ行きなさい」になってしまう。
※ADHDは多動性・衝動性・不注意が特徴。

 

自分なりの工夫で    特性の不注意をカバー

今井 僕は多分ADHD寄りで、不注意がだいぶひどいです。あるお客さんに大阪と名古屋への便をそれぞれ分けて送ってと言われたのに、テレコで逆に送ってしまいました。送る前に、絶対間違えないぞと思って封筒の宛名を書いて中身を入れるところまで全部ちゃんと見ているのに、なぜか逆になったんです。
物を失くすのもしょっ中で、僕は傘を持たないという生き方を選びました。傘を持たないと傘を失くさないし、「傘を失くすかも」という気を使わなくて済むんですよ。
金井 今、初めて気づいたけれど、皆にも僕にも自分なりに身に付けてきた、生きやすくする、生活しやすくするための工夫があるんだろうね。
今井 はい。僕はそういう自分の工夫、ライフハックを人前で話す機会が増えたことにより僕を肯定してくれる人、重宝してくれる環境を見つけられて、すごく自信を持てるようになりました。

 

各特性に合う仕事がある   保護者が様々な職種知って

今井 僕は多動傾向ですが、自閉傾向で大人しくて毎日のルーティンが崩されるのがすごく嫌な人っているじゃないですか。そういう人は毎朝決まった時間に出勤して真面目に働ける。一方、僕は(講演の講師などとして)呼んで頂いたりしますが、ルーティンの作業は全然できないんですね。僕は重宝はされるけれど、本当に世の中に順応しやすいのは自閉でも真面目にやれる人なんじゃないのかなと……。
金井 それは適材適所ですよ。例えば僕が昔診ていた子は、IQはわりと高いけれどバランスが非常に悪くて特別支援学校に行き、清掃の仕事に障害者枠で就きたかった。でも学校側は学校に遅刻しているし推薦できないと。そこで僕は学校に乗り込み、この子はいざそうなったらやるから推薦してくれと言った。 結局その子は就職し、同じ場所を同じパターンで掃除する仕事がとても向いていて、優秀で後輩の指導係にもなった。けれどその子が営業職や店頭に立つ仕事をさせられたら多分つぶれてしまう。
僕は子供たちを診るとき、発達障害などの診断名がつくことがあるけれども「そんなことよりも、とにかくその子の特性を見て下さい。そして、子供がこれからどう生きていくかをいつも考えてほしい」と親御さんにいつも言うんです。
今井 僕も本当にそう思います。以前津市でお母さんの集まりに呼んで頂き子供の進路相談を受けたんですが、「子供は家を建てる仕事をしたいがコミュニケーションが全然とれない。どうしたらいいだろうか?」という話で、僕がそのお母さんに家を建てる仕事をするのは誰だと思いますかと聞くと、お母さんの答えは大工さんでした。でも家を建てるのには大工以外にも三十何個の業種が関わるらしいんですね。だから「お母さんがお子さんのためにその沢山の仕事を知ってあげて下さい、その中でお子さんが向いている仕事をしたらいいんじゃないですか」と話し、喜んでもらいました。(次号に続く)

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