スタート地点の近鉄西青山駅前

スタート地点の近鉄西青山駅前

6月9日9時過ぎ。気持ちの良い快晴。近鉄西青山駅からスタート。今日の目的地は、近鉄名張駅。距離にすると17㎞ほど。前回と比べると、かなり楽な道のりになると思う。
2月末だった前回と比べると、国道沿いも初夏の様相。ガードレールの足元から青葉が生い茂り、その葉は勢いよく天を仰いでいる。したたかに降り注ぐ日差しを浴びながら、しっかりとした足取りで私は国道を歩き

近鉄大阪線の鉄橋の下にある祠(仮)

近鉄大阪線の鉄橋の下にある祠(仮)

始める。しばらく歩道がないので、いつものように車をかわすこととなる。もう慣れた事とはいえ、危険と隣り合わせな事には変わりない。気を引き締めていこう。
そんなことを考えていると、遠くに車の影が見えた。ちょうど身をかわせそうなスペースがあったので、やりすごそうとした刹那。その車の後ろから、猛スピードで迫りくる別の車が。見通しの悪い上り坂で無理な追い越しをしようとして対向車とあわや正面衝突しそうになりそうな所を目撃する。たまたま上手くやりすごせたから良かったが、あのスピードはこの道を人が歩いているなんて、全く想定していないのは明白。今、自分がやっている事がどれほど危険かを再認識し、より注意深く国道を歩く。
少し歩くと近鉄大阪線の鉄橋。鉄骨が組まれた足元には、小さな木箱を重ね、その上にトタンを載せた手づくりの祠のようなものがある。これは、ここを歩かないと絶対に気付かない。上まで登ってじっくりと確かめたいが、不用意な寄り道で時間を食われたり、思わぬ怪我をしてはつまらないので泣く泣く通過する。しかし、しばらくの間は、あれが何であるかということで頭がいっぱい。祠(仮)の脇には、線香立てと花生けのようなものがあったことからも、置かれているというより、祀られているという表現が適切だろう。
まず頭に浮かんだのは、あそこで何らかの悲しい事故が起こり、その供養のために置かれているという線。最も妥当なように思えるが、そうであれば、もっとしっかりとしたものを置くような気がする。
次に頭に浮かんだのは、橋の下ならば雨風がしのげるので、ここで暮らす路上生活者が仏壇替わりに祀ったという線。失った家族や仲間を弔うためなのか、はたまた先祖供養かはわからない。孤独な生活の中で、唯一「人」と繋がれる心の拠りどころになっているのかもしれない。だが、人里から少し離れ、往来が危険なここで生活するのは余り効率が良くない気もする。歩を進めるごとに妄想は膨らむばかり。
ただ一つだけ言えるのは、芥川龍之介の名作「藪の中」よろしく、世の中には真実が分からないからこそ、面白いものがあるということ。白黒つけるより余白を楽しむくらいが丁度良い。(本紙報道部長・麻生純矢)