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時刻は12時半前。朝から国道165号を歩き続け、ようやく伊賀市と名張市の県境に差し掛かろうとしている。まだ道路には歩道も路側帯
もない状態が続く。車をやり過ごさなければいけないので、再び感覚を研ぎ澄ます。大型車を避けるときは道路沿いの茂みに身を寄せなければならないのだが、思わず躊躇ってしまう。茂みから道路に向かって飛び出す草の葉や雑木の枝の上を無数の毛虫が蠢いていたからだ。
毛虫は毒針を持っていて刺すと思っている人も多いと思うが、実は毒針を持つ種類はほんのわずか。身近に見かける種類としては、ドクガ、チャドクガ、イラガの幼虫などごく限られた種類で、他の毛虫は毒を持っていない。ただ、鮮やかな緑色と刺々しい姿のイラガを除けば、知識が無い人には見分けづらいため、毛虫とひとくくりにされ、忌み嫌われている。グロテスクな見た目と樹木の葉を食い荒らすなどの害もあるので嫌われているのだが、必要以上に悪者にされている感があって、なんとも不憫な存在でもある。
見たところ、マイマイガの幼虫。生まれたばかりの幼虫は毒を持つが、それなりのサイズにまで成長しているので毒を持っていないと思うが、幼い頃から刷り込まれた生理的嫌悪感も手伝い、できれば触りたくないと反射的に身をかわす。前からくる車と、脇に潜む無数の毛虫に注意を払いながら、安全第一で前へと進んでしばらく。伊賀市と名張市の県境を示す看板が見える。津市から始まったこの旅も、ようやく3つ目の市へ。
名張市に入って少し進むと、のどかな田園地帯が広がっている中に「観阿弥創座の地」と書かれた看板が現れる。この辺りは、室町時代に息子の世阿弥と共に猿楽(現在の能楽)を大成した観阿弥が初めて猿楽座(のちの観世座)を建てた小波田。ここは観阿弥の妻の故郷で、国道165号からもほど近い森の中にある観阿弥ふるさと公園には、立派な能舞台が建てられている。門外漢の私でも知っているほどのビッグネームとの邂逅に胸が高鳴る。
公園に立ち寄り、階段の上にある能舞台のある広場に足を伸ばすが、当然舞台はかたく閉ざされている。観阿弥・世阿弥親子が大成した能楽の神秘的な美しさは、今や日本のみならず、世界中の人々を魅了し続けている。その出発点ともいえる土地がここ。国道を遡る度に、無数の物語が紐解かれていく感覚。ジュブナイル小説を読み進めるような高揚感を味わいながら、私は軽快に歩みを進める。(本紙報道部長・麻生純矢)
2020年9月10日 AM 4:55
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