山部赤人の墓への道標

山部赤人の墓への道標

ゴールの近鉄榛原駅

ゴールの近鉄榛原駅

時刻は13時過ぎ。この辺りは旧榛原町。榛原駅をめざして後はまっすぐ進んでいくのみ。宇陀市に入ってからここまで、山間の集落という雰囲気が続いていたが、少し変化を感じる。国道沿いの飲食店やドラッグストアなどの店舗が増えているからだ。立ち止まってスマホで調べてみると、榛原駅からは奈良と大阪まで一時間ほどと十分に通勤圏内。国道からほど近い山の上に大きな団地があるのも納得がいく。これが正解かどうかは分からないが、微妙な街並みの変化から推測を巡らせ、自分なりの結論を導き出すのもまた一興。リアルタイムで、その推測に対する一定の答えが導き出せるのも良い時代の変化だ。現代社会において、情報の伝達や浸透は一瞬だが、それが本当であるのかということにまで考えが至らないことも多い。自分の目で見て、足で歩いて、手に入れた情報を基に考える。とても贅沢な時間の使い方をしていると実感する。
ふと路傍に目をやると「山べの赤人」と刻まれた古びた道標がある。どうやら近くにある三十六歌仙・山部赤人の墓への案内らしい。意外なところでのビッグネームとの邂逅も下調べしないぶらり旅ならではの醍醐味。
ほどなく元気の良い若い女性の声がスピーカーを通して聞こえてくる。「次の競技は2年生による〇△です」。どうやら、昼食を食べた食堂で「お子さんの運動会ですか?」と声をかけられたように、近隣にある学校では運動会や体育祭が行われているようである。その時、そう声をかけられて自分が人の親であるように見られたのが嬉しかったのには理由がある。我が家では不妊治療に取り組んでいるからだ。妻は体調管理にも励み、辛いことがあっても前向きに頑張っている。その過程での体験から、子供は簡単に生まれてくるものではないことを実感しているので、そんな大きな試練を乗り越えた存在であると認知されたことに喜びを感じるのだ。例え、自分の子供でなくても、子供たちが貴重な存在であるという知見を得られたことは私の人生を豊かにしてくれる。彼ら、彼女らが競技に興じる様子を想像しながら歩いていると近鉄榛原駅に到着。時刻は14時半過ぎ。
長谷寺まで歩けなくはない時間だが、ここまで歩いた分の足への負担を考えると単純な距離以上に時間がかかってしまう可能性がある。せっかく立ち寄るのであれば、それなりにゆっくり時間をかけて参拝もしたい。というわけで、今日はここでゴールイン。
切符を買って改札に入り、ホームで車が置いてある名張駅方面に向かう電車を待つ。ベンチに座りスマホを見ると、誤操作でしばらく会っていない知り合いにテレビ電話をかけてしまっていたようである。操作ミスであることを伝え、お詫びのメッセージを告げると、ほどなく返信がある。そこから近況など、他愛もない世間話のやり取りが続く。コロナ禍でも、偶然から生まれたコミュニケーションで人と人とが繋がれるのは、技術の革新の素晴らしさだと思う。やがて、電車がホームへ到着。流石に車内は空いている。名張駅までの線路は国道に沿う形で続いているので、車窓からこれまで歩いた風景を振り返るように楽しみつつ帰路へつく。(本紙報道部長・麻生純矢)