伊勢本街道の風情を残す榛原駅北側の町並

伊勢本街道の風情を残す榛原駅北側の町並

2月9日14時半過ぎ。この日も政府が10都府県に出している新型コロナウイルス感染症拡大に伴う緊急事態宣言の延長に伴い、三重県独自の緊急警戒宣言の対象となっている。当初は前々日に予定されていた宣言解除に合わせて日程を組んだため、この日となった。県外への移動自粛の指示は重々承知しているが、移動先が感染者数が多い地域ではなく、山間の道をほとんど人と接触せず、感染症対策にも注意しながら歩くので、どうかご容赦頂きたい。
近鉄榛原駅付近の駐車場。私は焦っている。歩き始める予定時刻を大幅に過ぎているからだ。なぜ時刻を大幅に過ぎただけで焦るかというと、今日の目的地である長谷寺の冬季拝観時間が16時半までだから。せっかくゆっくり拝観するために、前回早めに切り上げたのに、拝観すら危うい状況。実にまずい。焦燥感は募るばかり。
距離にすると約7㎞。余裕で着けそうな距離であるように思えるが、これまでの経験上、歩道のない箇所もある行程を歩くのは距離以上に時間がかかる。何より時間を優先して急ぎ過ぎてしまうと、この旅の醍醐味である国道沿いの旅情を味わうというコンセプトが台無しになってしまう。私は少し冷静になり「もし、拝観時間に間に合わなかったら、次の行程の最初に立ち寄ろう」と考えを改めると、一気に足取りは軽くなる。
榛原は、国道165号のルーツである初瀬街道と、大阪方面からお伊勢参りに向かう最短ルートで美杉方面へ向かう伊勢本街道の分岐点にある旧宿場町。駅北側には、毎日多くの旅人たちが訪れた往時の風情を今に伝える常夜灯、道標、旅館の建物などが残っている。今でも榛原駅は一日に一万人以上が乗降している。姿形は変えても交通の要衝としての役割を保っている。
国道に出た私は長谷寺方面に向かって山里をひたすら進む。スピーカー再生にして、スマートフォンで様々な曲を聴きながら歩いていると、色々なことが頭に浮かんでは消えていく。この旅が始まったのが一昨年の11月の終わり。間も無く、新型コロナウイルスの感染拡大が始まり、文字通り世界は一変してしまった。重い症状と医療現場の逼迫。感染拡大防止のための外出自粛やソーシャルディスタンスが一般化したが、そこで生まれた人と人との物理的な距離は、心の距離を生み出し、孤独に飲み込まれてしまう人を生み出してしまった。
スマートフォン内に入っている曲をランダム再生していると、ふと流れるイントロに私の表情は硬くなる。この曲を生み出した若き天才ミュージシャンも、コロナ禍中に、この世を去ったからだ。私が彼女のことを知ったのは、とある野外音楽フェスのステージ。類まれなる才能がきらめく楽曲にただただ魅了されるばかりだった。それ以来、どれだけ彼女の楽曲に救われたか分からない。しかし、今は彼女が奏でるギターの音色を聴くだけで、悲しみに押しつぶされそうになる。熱くなる目頭を押さえ、思わず足を止めそうになる私の耳に、彼女が紡いだ言葉が飛び込んでくる。
『私は行くよ 構わず行くよ どこまでも 何%の可能性でも知ったこっちゃない 行こうぜ うつくしい圧巻の近未来 絶景の新世界』(赤い公園「yumeutsuutsu」の歌詞より引用)。
いつかは私もあちらへ逝く。その時は必ず、彼女に感謝を伝えたい。だから、現に身を置く今は、歩みを止めず国道を往く。その先にあるうつくしい圧巻の近未来と絶景の新世界を夢みて…。
(本紙報道部長・麻生純矢。本稿は敬愛する故・津野米咲さんに捧ぐ)