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2021年2月
時刻は13時過ぎ。この辺りは旧榛原町。榛原駅をめざして後はまっすぐ進んでいくのみ。宇陀市に入ってからここまで、山間の集落という雰囲気が続いていたが、少し変化を感じる。国道沿いの飲食店やドラッグストアなどの店舗が増えているからだ。立ち止まってスマホで調べてみると、榛原駅からは奈良と大阪まで一時間ほどと十分に通勤圏内。国道からほど近い山の上に大きな団地があるのも納得がいく。これが正解かどうかは分からないが、微妙な街並みの変化から推測を巡らせ、自分なりの結論を導き出すのもまた一興。リアルタイムで、その推測に対する一定の答えが導き出せるのも良い時代の変化だ。現代社会において、情報の伝達や浸透は一瞬だが、それが本当であるのかということにまで考えが至らないことも多い。自分の目で見て、足で歩いて、手に入れた情報を基に考える。とても贅沢な時間の使い方をしていると実感する。
ふと路傍に目をやると「山べの赤人」と刻まれた古びた道標がある。どうやら近くにある三十六歌仙・山部赤人の墓への案内らしい。意外なところでのビッグネームとの邂逅も下調べしないぶらり旅ならではの醍醐味。
ほどなく元気の良い若い女性の声がスピーカーを通して聞こえてくる。「次の競技は2年生による〇△です」。どうやら、昼食を食べた食堂で「お子さんの運動会ですか?」と声をかけられたように、近隣にある学校では運動会や体育祭が行われているようである。その時、そう声をかけられて自分が人の親であるように見られたのが嬉しかったのには理由がある。我が家では不妊治療に取り組んでいるからだ。妻は体調管理にも励み、辛いことがあっても前向きに頑張っている。その過程での体験から、子供は簡単に生まれてくるものではないことを実感しているので、そんな大きな試練を乗り越えた存在であると認知されたことに喜びを感じるのだ。例え、自分の子供でなくても、子供たちが貴重な存在であるという知見を得られたことは私の人生を豊かにしてくれる。彼ら、彼女らが競技に興じる様子を想像しながら歩いていると近鉄榛原駅に到着。時刻は14時半過ぎ。
長谷寺まで歩けなくはない時間だが、ここまで歩いた分の足への負担を考えると単純な距離以上に時間がかかってしまう可能性がある。せっかく立ち寄るのであれば、それなりにゆっくり時間をかけて参拝もしたい。というわけで、今日はここでゴールイン。
切符を買って改札に入り、ホームで車が置いてある名張駅方面に向かう電車を待つ。ベンチに座りスマホを見ると、誤操作でしばらく会っていない知り合いにテレビ電話をかけてしまっていたようである。操作ミスであることを伝え、お詫びのメッセージを告げると、ほどなく返信がある。そこから近況など、他愛もない世間話のやり取りが続く。コロナ禍でも、偶然から生まれたコミュニケーションで人と人とが繋がれるのは、技術の革新の素晴らしさだと思う。やがて、電車がホームへ到着。流石に車内は空いている。名張駅までの線路は国道に沿う形で続いているので、車窓からこれまで歩いた風景を振り返るように楽しみつつ帰路へつく。(本紙報道部長・麻生純矢)
2021年2月11日 AM 4:55
コロナ禍で長らくご無沙汰だったが、久しぶりに奈良県大宇陀を訪ねた。同行者は松阪の旅館組合長と本居宣長記念館の名誉館長である。
小雨ということもあって冬場は難儀な高見峠も8℃と温かく、コロナ禍以来長らく海辺や島嶼生活だった私にとって、伊勢街道/和歌山街道のフィトンチッドは爽快だ。 が、何より有難いのは情報の交換と共有である。
午後一の出発だったので、県境を越えた私たちは吉野に入ると「ひよしのさとマルシェ」に立ち寄った。ここでは旧友の一人がパンを焼いている。だが、あいにくこの日は非番で不在、スタッフからは新任の店長を紹介された。以前、道の駅宇陀路大宇陀にみえた方である。新たにラーメンを始めたとのことで、お洒落な木枠のついたアクリル板で仕切られたテーブルでは、数人のお客さんがソーシャルディスタンスを守って遅めの昼食をとっていた。
店長さんとの話も尽きないのだが、大宇陀の友人たちを待たせるわけにもいかない。私たちは焼きたてのパンをかじると宇陀市へと向かった。
宇陀市の大宇陀は、古代は阿騎野(あきの)と呼ばれ、宮廷の狩場だった。また、『日本書紀』では菟田野(うたの)と書かれ、江戸時代まで薬猟や栽培、生薬製造で栄えた。賀茂真淵によって、草壁皇子の舎人として仕えたとされる飛鳥時代の歌人・柿本人麻呂は、阿騎野で「ひむかしの野にかぎろひの立つ見えてかへり見すれば月傾ぬ」という和歌を詠んでいる。加えて、中世の秋山氏以降は支配者の入れ替わりと共に、江戸時代の17世紀には織田松山藩3万石の城下町となり、織田氏転封後は江戸幕府の直轄領でもあった。
友人の店は、宇陀松山重要伝統的建造物群保存地区の真ん中にある、商工会会長である奈良漬屋さんである。ここではコロナ禍における現況と、その対策を聞いた。また、観光協会の会長だった建設屋さんの社長宅では、アットホームな雰囲気の中、旧交を温める事ができた。
冬の陽は短い。最後に私たちは友人の醤油屋さんちに立ち寄って大宇陀を後にした。時間切れで寄れなかった天益寺の住職も、奈良漬屋さんによるとすこぶるお元気だそうだ。またアフターコロナにお会したいものである。
ちなみに、情報の交換と共有については、渡鹿野島の旅館のパンフレットを配布したことと、大宇陀にはコロナ感染者が一人もいないこと、そして、これは移動中の車内だけの話だが、私のデータ分析によるコロナ禍に関する考察である。我々は「木を見て森を見ていない」のかも知れない。
つまり、国際観光支出による人民元流出を懸念した中国政府は、段階的に支出額に制限をかけてきたが、それでも2019年の国際観光収支は、258億米ドルの収入に対し、2550億米ドルもの支出となっていた。その差2192億米ドルは、2019年の年間平均レート109円換算で、実に23兆8928億万円ものマイナスである。
だが、このような巨額な人民元の流出は、コロナ禍によって2020年にはなかった。中国国家統計局によると、2020年の国内総生産(GDP速報値)は101兆5986億元で、前年比成長率は、物価変動の影響を除いた実質で2・3%に達した。四半期ごとの成長率は、1~3月の第1四半期こそ6・8%減だったが、第2四半期が3・2%増、第3四半期が4・9%増、第4四半期が6・5%増だった。 産業別の増加値(付加価値額)は1次産業が3%増の7兆7754億元、2次産業が2・6%増の38兆4255億元、3次産業が2・1%増の55兆3977億元である。
また、中国紙と提携している仏AFPの報道によれば、2020年の中国の食糧収穫高は、6年連続6500億キロ以上を維持して世界首位。製造業の付加価値も11年連続して世界一の見込み。 高速鉄道の営業距離は3万8000キロ、高速道路の総延長も15万5000キロとなり、5Gの接続端末数も2億を上回って、いずれも世界一。 そして、2020年の11月15日には、8年間の交渉を経たRCEP(東アジア地域包括的経済連携)が15カ国(ASEAN10カ国と、中国、韓国、豪州、ニュージーランド、日本)の署名で発足、人口、経済総量、貿易量いずれも世界の約三割を占める巨大自由貿易圏が始動。貨物輸出入の総額が前年比で1・9%増を記録している。世界中がコロナ対策に振り回されている中でだ。
現在WHOの調査団が中国入りしているが、武漢に端を発した世界への新型コロナウイルスの漏洩は、一帯一路や国際観光ルートと奇妙に一致しており、未必の故意、またはグローバルな経済戦略作戦として利用された可能性がある。一年遅れの現地調査も必要かも知れないが、最も必要なのは初期の伝播ルートの検証だ。そして、電源や水源地のみならず、著名ツーリズムサイトの観光コンテンツ、ホテル、飲食店へのチャイナマネーの進出も注意すべきである。それらから得られる収益は、第一次所得として本国へと還流するに違いない。
(O・H・M・S・S「大宇陀・東紀州・松阪圏サイト・シーイング・サポート」代表)
2021年2月11日 AM 4:55
私が初めて乾燥ひよこ豆を見たのは、観光で訪れたトルコの市場だった。大きな布袋の口が開けられ、そこからキロ単位で量り売りされていた。
買って帰りたいと思ったけれど、現地ガイドに止められた。「日本での買い物とは違います。質を確かめないと。」それで諦めたけれど、よく考えれば植物検疫に引っかかるものだったかもしれない。食品としての豆でも生きている。害虫を持ち込むかもしれない。
そんな遠い記憶の中のひよこ豆をネットショップで見つけた。なるべく国産食材を買おうと思っているが、国産ひよこ豆は聞いたことがない。カナダ産ひよこ豆、ついでにカナダ産レッドキドニー、ブラジル産カリオカ豆も買って、海外土産の気分を味わうことにした。
さて、豆レシピである。世界に豆料理は数々あるけれど、私のなじみの調味料は砂糖と醤油。レッドキドニーもカリオカ豆も金時豆風甘煮となった。どちらもインゲン豆の仲間だからふっくら甘煮が美味しい。
ひよこ豆は洋風にと、オリーブオイルやにんにくを使って、トマト煮込みとスープとサラダになった。名前の通りひよこのくちばしのような突起がある豆で、ほくほくと美味しい。たんぱく質が豊富だし、大豆のような豆臭さがないところも気に入った。どこにも行けないから、料理で海外旅行だ。
(舞)
2021年2月11日 AM 4:55