昨年秋に復元上映された映画「何が彼女をさうさせたか」

昨年秋に復元上映された映画「何が彼女をさうさせたか」

コロナ禍で延期していた『GIジョー…漆黒のスネークアイズ』の全米公開が、2021年の10月22日に決まった。この映画は、内閣府の「地域経済の振興等に関する外国映画ロケーション誘致に関する実証調査の対象作品」として、初めて選ばれた米国のメジャー映画であり、姫路・大阪・茨城など日本各地で長期ロケが敢行されたものである。
内閣府の目的は、インセンティブが海外からの大型映像作品の撮影ロケーション誘致にどのような効果があるかの検証だ。海外制作者との現場交流のみならず、日本の文化資源・観光資源等の映像への取り込みを通じた雇用創出、産業育成、人材育成、インバウンド誘客といった効果を期待している。これは、その目的の点において、ビジネスライクにない従来のフィルムコミッションとは別ものだ。
しかしながら、的を射るかどうかについては、フィルムコミッション同様、作品次第だと思う。要は知名度が高い映画で、地名が明確かどうかである。
この点において、コロナ禍で4回延期されて、同じ月に全米公開となる「007ノー・タイム・トゥ・ダイ」は申し分ない。007の知名度は抜群だ。とはいえ、それでも地名不明のシーンもあるので要注意である。現に「スカイフォール」に登場した長崎の軍艦島は、別の国の別の場所になっていたし、「私を愛したスパイ」の美しいサルデーニャの海底も、実は沖縄の海だった。インセンティブを出すならば、それに見合うかどうかが重要だ。
ところで、先日、生まれ故郷の布施を訪問した。ここは玉造稲荷神社を起点とする伊勢参宮本街道ルートの発地であり、東洋のハリウッド・長瀬撮影所を擁した映画の街でもある。だが、時の流れには抗えず、昭栄座(1933年)の時代を経て1997年にはシネコン化した布施ラインシネマも、とうとう昨年の2月いっぱいをもって閉館・解体され、映画の街の面影は失われていた。
しかし映画愛はまだ残っているようだ。長瀬撮影所で撮られ、キネマ旬報の優秀映画投票第1位を獲得した「何が彼女をさうさせたか」が復元され、昨年秋には東大阪市の公民館で活弁士つき上映会が催されている。この映画は1930年公開のパブリックドメインだ。
パブリックドメインとは、著作物や発明などの知的創作物について、知的財産権が発生していない状態または消滅した状態のことである。これは、保護期間の満了のみならず、承継人の不存在、権利放棄、権利取得に必要な手続・方式の不履行も含まれる。
文化庁によると保護期間とは、著作権や著作隣接権など著作権法上の権利を保護するもので、期間は環太平洋パートナーシップ(TPP)協定締結による著作権法の改正により、TPP発効日である平成30(2018)年の12月30日からは、原則、著作者の死後70年までである(旧法では50年だった※)。外国人著作物の我が国における保護期間も同様だ。
ただし、TPP整備法附則第7条によると、一度保護が切れた著作物については,その保護を後になって復活させる措置は原則として採らない。したがって、旧法で既に保護期間が切れているものについては、遡って保護期間が延長されるわけではない。また、我が国より保護期間が短い国の著作物は、その相手国の保護期間だけ保護される。
とはいえ、外国人の著作物の保護期間については戦時加算というものがある。サンフランシスコ平和条約に基づいて、昭和16年(1941)12月8日の開戦時からサンフランシスコ平和条約発効前日までの期間を通常の保護期間に加算することになっているのだ。例えば、米国や豪州については3794日、また、戦中に取得した著作権については取得時から起算される。
しかし、我が国はTPP交渉において、戦時加算義務のあるカナダ、ニュージーランド、豪州の各政府との間で「戦時加算問題への対処のため、権利管理団体と権利者との対話を奨励すること」「必要に応じて、これらの対話の状況及び他の適切な措置を検討するため、政府間で協議を行うこと」を個別に文書で確認。TPPを離脱した米国との間では、平成30(2018)年4月に、改めて文書で確認している。また、日EU・EPA交渉においても、関係国(英、仏、蘭,ベルギー、ギリシャ)との間で同様の文書による確認を行っている。
※1953年は「東京物語」や「風と共に去りぬ」「シェーン」などの古典的名作映画が公開された年であり、旧法と新法の判断が分かれた年だった。文化庁は、これらの映画の著作権は2023年まで続くものとしていたが、最高裁は2007年12月18日、1953年に公開された団体名義の独創性を有する映画は、2003年12月31日をもって終了したと裁定した。例えば、主な小津映画では「東京の合唱」(1931年)、「大人の見る繪本 生れてはみたけれど」(1932年)、「晩春」(1949年)、「麦秋」(1951年)、そして「東京物語」(1953年)までがパブリックドメインで、「小早川家の秋」(1961年)、「秋刀魚の味」(1962年)は権利保護期間にある。ちなみに、「ローマの休日」(1953年)は、米国では公開から95年間が著作権保護期間内だが、日本ではローカル・パブリックドメインとして裁定されている。
ローカル・パブリックドメインに対し、グローバル・パブリックドメインもある。製作国において著作権保護期間が満了し、全世界的にパブリックドメインとなった映画だ。米国では1922年以前に公開、日本では1953年以前に公開、それ以外の多くの国では公開後70年の映画である。
また、1977年までに米国で制作・公開された作品で、著作権表示(オープニングタイトル、エンドロールなど)がない映画や、1989年3月1日までに米国で制作・公開された映画で、作品に著作権表示がない、著作権として登録されていない、または手続きに不備がある映画、1963年までに米国で制作・公開されて、著作権表示はあるものの公開から28年以内に更新されなかった、或いは手続き不十分の映画、また、制作会社が倒産して著作権が継承されていない映画も、権利放棄とみなされパブリックドメインになる。オードリー・ヘップバーンの「シャレード」(1963年)が有名だ。
(O・H・M・S・S「大宇陀・東紀州・松阪圏サイト・シーイング・サポート」代表)