コロナ禍で生活の警戒・自粛が続く中、病院や施設から遠く離れた家族の元へ患者搬送を依頼される案件が多くなってきた。見舞いなどが制限され、患者の顔を直接見れないことも一因にあるようだ。中には人生最期の時間を家族のもとで穏やかに過ごさせたいという希望もある。
民間救急は、消防本部の通達により重症患者は搬送できない。このため、意識はあっても当日の体調が思わしくなく難しい時もある。また、高流量酸素や高カロリー輸液、痰吸引などの医療継続依頼もあり、移送には事前の準備が必要になる。それだけに、家族や関係者の協力がなければ実現できない。
ある日、一本の電話があった。
「家族のひとりが県外に入院中です。実家は三重県。遠距離ですが、ぜひ思い出のある故郷で医療や看護を受けさせてやりたい。許可も得ています」。
電話の向こうで一心に願う様子が感じられた。
早速、搬送元病院へ連絡を入れ確認する。ドクターによると、介護レベルは高いものの患者は病状が安定し、転院搬送にも問題はないという。
ただし、医療継続が必要で、家族が同乗することは禁止。転院の時、車輌の窓越しに対面できるのみだ。与えられたわずかな時間が家族の絆を強くさせる。事前の打ち合わせが非常に大切だが、年齢も比較的若く長時間に耐えると判断し、引き受けることにした。
家族の居住地から県内までの走行距離は約450㎞にのぼる。新幹線も考えたが、病状やその他の状況からストレッチャーのままでの鉄道輸送は難しく、陸路搬送が適している。
ただし、搬送中に病状が急変し、悪化する場合が絶対無いとは言いきれない。専従看護師と相談し、搬送元病院から診療情報書や看護サマリーなどを送付してもらい、指示された情報の通り十分な資器材を用意した。そのつど送られてくる病院や身内からの身体情報からも、いかに郷里へ帰してやりたいか、気持ちが感じられた。
搬送前、乗員のPCR検査も行う。患者の負担を軽減するため、長距離の行程を看護、介護の両方を合わせて搬送しなければならない。
当日は大雨の悪天候。災害による渋滞もあり、走行は難儀を極めた。後席で患者の様子を見守る看護師から休憩を多めにとって排尿に伴うオムツ交換や、その他、身体に異常がないか点検したい旨の連絡があった。
しかし、時間に余裕はない。タイヤの音だけが響く中、打ち合わせた通りの連携プレーで切り抜けることができた。ようやく病院が見えた時は、処置も含め7時間が経過していた。
到着後、気力と体力を消耗していた患者が、喜びを表したようにふりしぼった手で乗務員に握手を求めてきた。搬送は終わっても、今日のことが強く脳裏に焼き付いているのかもしれない。万全の体制で搬送したことに家族からも感謝の言葉を頂いた。
今後も、経験を生かして様々な患者搬送の依頼に対応していきたい。
(民間救急はあと福祉タクシー代表)