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香久山を越えてしばらく。国道165号の北側に香久山・畝傍山と共に大和三山と称される耳成山が見える。この山は、少しいびつな香久山と比べるととても美しい円錐形をしている。万葉集には中大兄皇子、後の天智天皇が大和三山を詠んだ歌がある。
香久山は 畝傍ををしと 耳梨と 相争ひき 神代より かくにあるらし古へも 然にあれこそ うつせみも 妻を 争ふらしき
要約すると、神代に香久山と耳成山は、愛しい畝傍山を巡って争った。だからこそ、今の世の中でも(人々は)妻を取り合って争うのだ。
といったところだろうか。
後世の人たちがこの歌を巡って様々な想像を巡らせ議論も交わされてきたが、ここではそれにはふれない。
私の率直な感想を述べると香久山と比べると耳成山は、ずいぶんと美形だ。人間に例えるなら均整の取れた肉体に甘いマスク。逆に整いすぎていることに違和感すら覚える。今の世間でも見目麗しい芸能人に対して、整形疑惑というものがかけられ、根も葉もない話が喧伝されるといったことは、そう珍しくもない。実はこの山にも、整形疑惑がかけられている。
正確には整形というより、この山が人の手でつくられたものではないかという疑惑である。そんな噂話が出た一つめの原因は、余りに山容が整いすぎていること。山裾の左右がほぼ対称で、いかにも山のお手本のような形。自然の産物であることを疑う人がいることにもうなづける。標高は140mで最も高い畝傍山(標高199m)、ライバルの香久山(152m)と近いサイズであることも、なんとも、おあつらえ向きに思える。
もう一つは大和三山の位置関係。畝傍山を頂点に耳成山と香久山を結ぶと藤原京をすっぽりと囲む綺麗な二等辺三角形が出来上がる。今でこそ、ほとんど聞かなくなったが、ひと昔前に流行ったピラミッドパワーをおぼえているだろうか。ピラミッド形の物体内部では、疲れが取れやすくなったり、食べ物が腐りにくくなるといった効果があると騒がれた。藤原京の配置も、三つの山が描く三角形から受ける呪術的な恩恵を考慮していたなどと意識し始めると、空想はどんどん膨らんでいく。
そういった話が積み重なって、耳成山が人工的に作られた山であるという説が古くから根強く存在している。完全に人工ではなく、とりわけ天然の山を古墳として改造した山であるという話は、文字通りの「整形疑惑」である。
ロマンは感じるものの、にわかには鵜呑みにしづらい話だが、私は強い否定も肯定もしたくないタイプの人間である。出鱈目を流布するつもりは毛頭ないが、歴史の余白を楽しむくらいの余裕は欲しい。古代ギリシアの詩人ホメロスの叙事詩イリアスに魅せられ、伝説の都市トロイアを発掘したハインリッヒ・シュリーマンのような先例もあるではないか。嘘を嘘と、実を実と決めつけることほど、真理の探究という至上命題からほど遠い考え方は無い。
私はもう一度、耳成山を一瞥し、再び目的地である大阪方面をめざして国道を歩き始めた。(本紙報道部長・麻生純矢)
2021年9月9日 AM 4:55