もともとここは映画レビューの場ではないが、ジェームズ・ボンドは三重県とはフレミングの小説で縁深い。とりわけ「007ノー・タイム・トゥ・ダイ」には、日本のエッセンスが多く見られるので敢えて取り挙げる。
新型コロナの大流行によって公開が長い間延期されてきたこの映画は、ダニエル・クレイグ版007の完結編になる。未見の方のために結末については触れないが、イアン・フレミングが創造したこの主人公は、シリーズの最終章で有終の美を飾る。即ちそれは永遠の別れであり、映画はそれを暗示するサッチモ(ルイ・アームストロング)の「愛はすべてを越えて」を効果的に奏でる。叙情的なこの歌曲は、ウイルス兵器が登場した「女王陛下の007」の名曲だ。
しかし、この映画はフレミングの来日に沿った、小説版「007号は二度死ぬ」のフォーマットに基づいている。ポイズン・ガーデンの視覚化、ボンドが007ではないこと(小説では7777号)、そしてヒロインの懐妊に加え、枯山水、盆栽、能面や畳112枚など、和風テイストが取り入れられている。さらに、敵役サフィンの秘密基地は、レイモンド・ベンソンが書いた続編「007赤い入墨の男」同様、北方領土に置かれ、日系人キャリー・ジョウジ・フクナガ監督は、この小説の主要舞台である香川県・直島を訪れてもいた。かつてこの地は007博物館まで作り、官民あげて撮影誘致に積極的だったが、映画で描かれた基地の内装こそは、安藤忠雄の美術館にインスパイアされたものである。
とはいえ、この点において三重コンテンツの欠落は明らかであり、結果はフラストレーションが残るものとなった。2017年9月の本稿④【007三重県潜入】にも詳しく書いたが、フレミングが鳥羽、伊勢、松阪、伊賀を描いた箇所(御木本幸吉の像、水中翼船、外宮、和田金牧場、忍者の城と松尾芭蕉の句、海女、海城)がなかったからだ。「007は二度死ぬ」の映画化の際もそうだったが、この事は国際的な知名度向上競争から外れていると言っても過言ではない。
最新作「ノータイム・トゥ・ダイ」は、フェロー諸島、ノルウェー、ジャマイカ、イタリア、イギリスで撮影されたが、ロケーション・マネージャーのチャーリー・ヘイズは、日本もロケーション候補だったことを明らかにしたのだ。
日本政府は外国映画の撮影誘致の補助金事業を始め、国連世界観光機関もネットフリックスと提携し、機は熟してきている。原作者フレミングの訪問地は高ポイントだ。ニュー・ボンドによる新生シリーズには期待したいものである。地域振興の為のブランディングには、外国映画の撮影誘致が最適なのだから。

(O・H・M・S・S「大宇陀・東紀州・松阪圏サイト・シーイング・サポート」代表)