近鉄下田駅

近鉄下田駅

大和高田市と香芝市の市境

大和高田市と香芝市の市境

ようやく大和高田市から香芝市。名阪国道を使って大阪方面に向かう途中、通り過ぎたことはあるので地名に見覚えはあるが来るのは初めて。この市も大和高田市と同じく大阪圏のベッドタウンとして近年まで人口が増加していた。国道は近鉄大阪線に沿って、のどかな郊外から市街地に伸びていく。また香芝市の周辺には北に位置する法隆寺で有名な斑鳩町など、面積がそれほど大きくない町がいくつも連なっているのが面白い。
よく自分の住む地域のことを「なにもない」と評する人がいる。しかし、それは真っ赤な嘘である。私は「まず、あなたがいるじゃないですか」と心の中でつぶやく。そして、その人だけではなく、その家族や友人知人など沢山の人が暮らしている。誰一人として同じ人はこの世にいないし、そこに地域性や受け継がれてきた歴史というエッセンスが加われば、唯一無二のきらめきを放つようになる。有名な観光資源だけが地域の魅力ではないのだ。むしろ、それは訪れるきっかけに過ぎない。私には県内外に友人がいるが、例えば東京の板橋区であればA君、京都の東山区であればB君、静岡の三島市であればC君といった具合に、まず人の顔が浮かび、次いで彼らが暮らす町並みが浮かぶ。それは友人の地元の観光地よりも、友人宅の近所の景色や行きつけの食堂だったりと、言うなれば「取るに足らない」ものばかりである。それこそが街の根源的な魅力なのであり、それはありとあらゆる場所に存在する。「なにもない」というのが真っ赤な嘘と断じた根拠はこれに尽きる。
もちろん、いくら街の魅力の源泉が人といっても、未知の街を訪れた時、誰彼構わず話しかけるわけにもいかないので、町並みを愛でながら、そこで暮らす人たちの営みに思いを巡らせるのはこれまでもお話した通り。香芝市内の国道沿いには、見知ったチェーン店を始め、飲食店や美容室などの店舗が多く並んでいる。それなりの人口を抱える地方都市らしい風景という表現が分かりやすいかもしれない。
香芝市に入った頃から雨足が強くなっている。横着者の私は雨具など持ち合わせていないので、フードを目深にかぶり、間に合わせの雨対策を行う。初冬とはいえ、歩くと汗ばむこともあるので、通気性の良い上着を選んだことが災いする。生地を貫いた雨粒が肌に達し、少しずつ体温が奪われる。午前中からの疲れもあるので、想像以上に足が重くなってきたため、近鉄下田駅前の公園のベンチで雨宿りをしながら小休憩を取る。人が行き交う駅は人間観察にはうってつけの場所。駅に向かって傘をさしながら仲良く歩く若い母親と幼児。自転車をこぐ20歳前後の学生風の男性。それぞれにバックボーンがあり、現在進行形で人生というシナリオが展開している。そんな無数の主人公たちが描く軌跡が交差して、街という巨大なドラマが構成されていく。当然、そのドラマは街の数だけある。
しばし、時を忘れ、初めて訪れる街を五感で楽しんでいると疲れと共に雨足も和らぐ。私はベンチから立ち上がるとスマートフォンで時刻を確認。「14時過ぎか。予定通り日没までに、今日の目標である大阪府には入れそうだな」と高をくくると、再び国道を歩き始める。(本紙報道部長・麻生純矢)