第112代三重県議会議長の前野和美氏(議長室にて)

第112代三重県議会議長の前野和美氏(議長室にて)

三重県議会第112代議長に就任した前野和美氏が掲げる「オンライン会議」への取り組みについて聞いた──
「未だに収束していないコロナ禍や、さらに発生が危惧されている大規模災害時においても、きちっと県議会が機能するようにするためにも会議のオンライン化を進めたい。災害時に議員が家から一歩も出られないという環境の中でも会議ができるようにするには、まず議員のWi─Fi環境が整っていないといけない。オンライン会議が可能かどうかの環境整備を調査した上で、最高に良い環境にしていきたい。 現在の法律では、参集される議場や委員会室に議員がいないと成立しない。しかし、県議会議員は広い県域の各地で活動している。大災害で議員が参集できず、過半数が集まることに困難な状況が出てくると思うので、議会運営委員会か代表者会議に諮らせていただいて議論を深めた上で、全国都道府県議会議長会を通じて総務省にお願いをしていきたい」。
次に 「議会改革とひらかれた県議会」について──
「三重県議会は改革先進県という自負をしながら、議会基本条例を中心に議会運営が行われている。しかし第三者の識者の立場から見た時に、本当に議会改革が進んでいるんかと。4年間の判断を、第三者の識者の方に意見を伺った上で、来期に活かしたい。
また、三重県議会では、大学院で公共政策に関連する研究を行っている学生をインターンシップ実習生として受け入れている。県議会の取組や業務内容の説明、委員会や本会議の傍聴、さらには、議員との対話や交流を通して意見発表してもらい、議会にフィードバックしている。こうして、次代を担う若い人に身近な存在としての県議会でいることは重要と考える」。

映画「晩春」のワンシーン

映画「晩春」のワンシーン

映画上映などを通じて、津市と縁の深い映画監督、小津安二郎を顕彰する「彼岸花映画祭in津」の第7回が6月25日㈯13時~16時40分(開場12時半)、津リージョンプラザお城ホールで開かれる。主催=同映画祭実行委員会、共催=津市・三重大学、後援=中日新聞社、㈱ZTV、本紙、ほか。
小津安二郎は、日本を代表する映画監督。「世界のOZU」として20世紀の文化芸術分野における世界最高峰の一人として認められている。普遍的テーマである「家族」を見つめ続け、家族こそが人間とその生活の原点であることを、映画を通じて訴えている。
中でも『東京物語』(1953年)は2012年、英国Sight&Sound誌で世界の監督が選ぶ映画の第1位に輝いた。小津の世界的評価は、没後に長い時間をかけて高まっていき、生誕110年の2013年には世界三大映画祭(カンヌ、ヴェネチア、ベルリン)で小津作品が上映されるという快挙も成し遂げた。
1903年12月東京で生まれた小津は、9歳の時に父の故郷である三重県松阪へ転居し、旧制宇治山田中学を卒業後、飯高町の宮前小学校で一年間、代用教員をしてから松竹蒲田撮影所へ入社している。小津の母も祖母も生粋の「津」の人で、津は小津の映画表現の根本にかかわる美意識を育てたところと言える。
今回、第3部(14時45分~16時35分)で上映される小津の映画は「晩春」(1949年・108分」。出演は、原節子、笠智衆、杉村春子、月丘夢路ほか。
娘の結婚を巡るホームドラマを小津が初めて描いた作品であり、その後の小津作品のスタイルを決定した。小津が原節子と初めてコンビを組んだ作品でもある。原作は、作家の廣津和郎が熱海に滞在中に書いた小説『父と娘』。小津は本作以前にもホームドラマを数多く手掛けているが、結婚する娘と父の関係を淡々とした日常の中に描いたのは、本作が初となる。
◆第1部(13時~14時)は、津市出身で世界的ピアニストである兼重稔宏氏とNHK交響楽団の中心となるヴァイオリニストの樽井悠樹氏による映画音楽コンサート「映像を彩る魅惑の名曲たち」。 ◆第2部(14時半~14時45分)は映画解説「晩春の景色」。
入場無料。先着600名(予定)。問い合わせは事務局☎090・3389・1454ヘ。

柏原市と八尾市の境

柏原市と八尾市の境

藤堂高虎公が八尾の戦いで亡くなった家臣の菩提を弔うために再建した京都の南禅寺三門

藤堂高虎公が八尾の戦いで亡くなった家臣の菩提を弔うために再建した京都の南禅寺三門

スタートから雨の中を歩き続けているにも関わらず、私の気分は軽い。理由は簡単。この雨が、この季節にしか出会えない春雨だからである。人間は認知の生き物なので、普段は憂鬱に感じる雨も、ひとたび特別な存在であると認知してしまえば、愛しくさえ思えてしまう。少し乱暴な言い方をするが、どんな状況であっても、自分自身が幸せだと感じれば幸せになれるし、不幸だと思えば不幸になる。身の回りに潜んでいる幸せを見つけるヒントとなるのが知識であり、教養である。「学校で習うことなんて社会に出たら役に立たない」と口にする人もいるが、それは余りに狭い考え方だと思う。学校で習う知識は、私たちが暮らすこの世界を様々な角度から細かく分解するツール。それを使って幸せを見つける指標が教養である。国語であれば、言葉を介したコミュニケーションだけでなく、今回のように、いま目の前で起こっている自然現象の名前も学べる。数学や理科であればその事象が発生するメカニズムを論理的に学べる。他の科目も同様である。春雨は食べ物の名前だと思っていたが、俳句と短歌を学ぶ際に季語としてその意味を知った。そのおかげでいま、この雨を楽しめている。幸せの本質とは物質的な豊かさの総量ではなく、なにげない瞬間に散りばめられた喜びに気づくことにある。
歩き始めて1時間半。柏原市と八尾市の市境に差し掛かる。大阪市の東に位置する八尾市は、約42㎢の市域に約26万人が暮らす中核市。面積にすると、津市の約17分の1だが人口は津市より1万人少ないだけである。国道沿いの建物の建ぺい率の高さが人口密度の高さを物語っている。
八尾市に来るのは初めてだが、戦国最後の大戦である大坂夏の陣の激戦・八尾の戦いが行われた地であることは知っている。その戦いは津と浅からぬ因縁がある。というのも津藩祖・藤堂高虎公が大坂方の有力者・長宗我部盛親と死闘を繰り広げ、一族や重臣を含む家臣を大勢失った苦い記憶が残るからだ。皆さんご存じの京都にある南禅寺の三門は、この戦いで散った家臣の菩提を弔うために高虎公が晩年に再建したものである。津市で生まれ育った方に、この話をすると驚かれることも珍しくない。三門の楼上には、高虎公の木像や戦死した家臣たちの位牌などが安置されている。あの三門の威容からは、大切な家臣たちを失った高虎公の悲しみの大きさも窺い知れる。
先ほど知識や教養についての所感をお話したが、わずかばかりの教養があるだけでも、一瞬にして、現在地である八尾と地元の津、本来は全く関係ないはずの京都の三点が結ばれる。すると、旅先の景色がより魅力的に映る。幸せの見つけ方も、これと全く同じで、目の前どころか、手のひらの中にもうあるのかもしれない幸せに気付くために、私たちは様々なことを学ぶのだ。それが唯一無二の幸せを得る方法だと確信する。(本紙報道部長・麻生純矢)

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