谷川士清は三重県の生んだ二大国学者の一人で、松阪の本居宣長と並び称される学者です。一七二一年、二一才の頃、京都遊学時に、玉木正英から、日本書紀 神代紀・神武紀の講義をうけたのをきっかけに、日本書紀の通証に取り組み、古本を読破し、全巻の通釈を三七才で成し遂げました。これが『日本書記通証』(全三五巻)です。その時、言葉を一つずつノートに書きためていったら、約二万一千語になっており、それを五十音順にまとめたのが『倭訓栞』(和訓栞)です。辞典にする作業にかかったのは晩年近くでした。第一巻の校正をし、さあ印刷にかかろうとしたとき、士清は病のため、亡くなってしまいました。その後の校正や出版は息子や孫、弟子達が引き継ぎ、運悪く時代の波を受け、子孫は出版のために家まで売ることになります。百十年かけて九三巻八二冊が出版されました。この『倭訓栞』はわが国最初の本格的な五十音順国語辞典として、ドイツ人学者ホフマンにより『日本語文典』に載り、外国での日本語研究に大きな功績を残しました。

谷川士清の会では設立当初から旧宅において来場者に谷川士清の業績を説明していますが、ある時、親子のグループに『倭訓栞』の説明をしたら、お母さんが「子ども向けの倭訓栞があるといいんですけどね」と言われました。その言葉が頭から離れず、いつかこども向け倭訓栞を作ろうと心に秘めたものの、谷川士清の会、点訳、お茶、お花の指導、家族の事等、関わる事が多く、長い年月が経ってしまいました。十年位して、眠る前の二時間ほどを辞典作りにあて、昨年十二月にやっと出版までこぎつけました。
『増補語林和訓栞』をあ行から順に子どもが理解できる言葉を抜き出し、次に小学生が使用している辞書にもある言葉をチエックし、再度『増補語林』に戻り、詳しく読み、子どもにわかる部分だけを現代仮名遣いに直してノートに記しました。この作業を毎日続け、最後に手書きのノートを県立図書館へ持ち込み、明治二十年七月出版、発行所成美堂の『和訓栞』(前編十冊、中編六冊、後編四冊)に載っていることを確かめました。そしてパソコンに打ち込み、難しい漢字には原本にはないルビをつける作業に移りましたが、とにかく誤りがないよう神経を使いました。言葉は九百一語、全部で五三ページの小さな本ですが、一七五冊印刷し、津市教育委員会を通して津市内の小学校、中学校、図書館へ寄贈しました。私立の中学校や、『まなびの栞』を贈呈している主だった所へも寄贈し、希望者には千円でお分けしました。手元に残っているのは十数冊です。

士清さんの『倭訓栞』が今の国語辞典と違う点は、一つの言葉に対してどんな漢字をあてるか表わし、意味を述べていない場合があります。又、非常に詳しく、数種類の本それぞれにこのように書いていると説明している場合もあります。私は子どもにわかる内容の箇所を選びました。

『小学生高学年・中学生向け倭訓栞』より抜粋

あさがお(あさがほ)朝顔の義なり、朝ごとに花さくをもて名づくるなり、新選字鏡に桔梗をよめり

あさって(あさつて)明後日をいう、あす去って後のという義なり

あま 天をあまともいう、古事記に見えたり、○海をいうは日本紀に見ゆ ○海人をいうは海より転じたるなり

④新選字鏡(平安時代、日本で最も古い字典) ⑦古事記(天武天皇の命により作られた国内向け最初の歴史書)
⑧日本紀(日本書紀の事で、対外国向きに書かれた歴史書)
小学生、中学生がこの本を読み、自分が使っている言葉を見つけて、士清さんを身近に感じ、大人になって一人でも多く士清さんを研究してくれたら最高の喜びです。

(谷川士清の会 顧問)

津市久居公民館自主講座の洋画グループ「四季」=東順一郎代表=が今日23日㈭から津市久居アルスプラザ・ギャラリーで第20回「四季」作品展を開く。会期は6月27日㈪まで。時間は9時半~17時(最終日は16時まで)。
同グループは、子育てや孫の世話から卒業した女性や、仕事をリタイアした男性が土曜日の午前中に集まり、指導者を置くことなく、絵の描き方、道具やテーマも決めずに好きな絵を描いている。
20回目の節目となる今展覧会では、感染予防対策を施した会場にメンバーが描きとめた思い思いの力作(水彩・油彩など20号までの作品)を展示する。

ペンダントを壊してしまった。首の後ろの留め金をきちんと止めてなかったらしく、玄関を出たところで首から滑り落ちた。白と黒のガラスの雫型ペンダントトップはあっけなく割れた。結構気に入っていたものなのに。
それはヨーロッパのどこかで購入したもの。十ユーロもしなかったと思う。旅先で買った小物は旅の思い出を引き出す鍵となる。壊れてしまったことは残念だ。
そういえば、ギリシャ旅行中にも同じようにペンダントを落として割った。買ったばかりのガラスのペンダントをメテオラの修道院で。十年も前の暑い夏の旅で、どこもよく晴れていた。その時一緒にいた友達はもういない。壊れたものから次々と記憶がよみがえってくる。
コロナ禍で海外旅行に行けなくなって久しい。三年前にパスポートを新しくしたのに、一度も使わないまま古びていく。コロナも戦争も終わり、再び気軽に海外旅行に行ける日はいつくるだろう。その頃には十二時間も飛行機に乗ってヨーロッパに行く体力気力がなくなっているかもしれない。海外に興味がなくなっているかもしれない。
ガラスのカケラを拾いながら、自分に言い聞かせる。ため息とともに。形あるものはいつか壊れる。壊れるのも良いことだ。断捨離の手間が省けるというもの。思い出は頭の中だけで十分だ。  (舞)

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