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伊勢別街道を進み、一身田中野の住宅街を北方向へ抜けると間も無く、伊勢鉄道の高架に差し掛かる。伊勢鉄道といえば、中学生の頃を思い出す。鈴鹿市の中学校に通っていた私は、部活の試合で津市に行く際に、近所の友達と一緒に伊勢鉄道の始点の四日市市の川原田駅から乗車していた。鉄道と言っても1992年~1994年当時の車両は、自動車に近いレールバス。運賃の支払いもバスと同じように整理券を取って、運賃箱にお金を支払うという形だった。通算10回も乗っていないと思うが青春時代の記憶は鮮明で、待ち時間に友達と他愛のない会話を交わしたことや、真夏に駅前の自動販売機で買ったスポーツドリンクがとても美味しかったことなどが強く印象に残っている。あれから30年近く利用していないが、今乗れば必ず新発見があるはず。車に乗れるようになってからというもの、長距離を移動したり、公共の交通機関では行きづらい場所にいけるようになったため、行動範囲は確実に広がった。しかし、移動方法が車に固定されることで〝空白〟が生まれている。それを埋めるのが徒歩旅であり、普段乗らない路線による鉄道旅である。最近、遠出する時も新幹線や特急を使わずにローカル線で移動することが増えた。時間がかかるため、若い頃には考えられなかったが、今は旅の楽しみにもなっている。近々、伊勢鉄道にも乗車しようと思っている。
一身田大古曽に入ると、旧街道沿いであり、高田本山専修寺のおひざ元ということもあり、街道沿いの風情より色濃く感じる風景が広がっている。市立一身田中学校と、しばらく進むと桜橋という小さな橋が見えてくる。欄干代わりのガードレールには橋名板と共に川名板も掛かっており、毛無川とユニークな名前が書かれている。早速スマートフォンからWikipediaを覗いてみると「上流に高田本山専修寺があるため、坊主=毛無しと思われがちだが、毛には稲の意味もあり、稲作または二毛作をできないほど氾濫したことが由来である」との説明がある。「なるほど」と心中で頷く一方、鵜呑みはせず、参考程度にとどめることにする。前段の坊主云々の部分に「要出典」という注釈が輝いていたからだ。ネットを通じて、簡単に知識が手に入るようにはなったが、情報の質を確かめる能力が問われるようになった。特にWikipediaは「集合知」で成り立っているが、誰でも編集できる分、記事の質に明らかな格差が発生している。その証拠に、芸能人が自分自身について書かれた記事内容の正誤を確かめるのは、YouTubeなどで人気のコンテンツにもなっている。
今回の川名の由来の真偽は脇に置き、現代人と昔の人のネーミングセンスの明確な違いを感じる。きっと現代人が命名するのであれば、川の美しさなど、ポジティブな要素に主眼を置いた命名にする可能性が高い。一方、記事に記された毛無川の由来が正しいという前提で考えると、川の氾濫というネガティブな要素を比喩で表現していることになる。事実、この川の流域は三重県が公表している洪水浸水想定区域図にも含まれているなど、その命名の的確さを裏付けている。〝名は体を表す〟というが、地名が土地の性質を語り継いでいるケースも少なくない。先人の言葉に耳を傾けると見えてくるものもある。(本紙報道部長・麻生純矢)
2023年4月27日 AM 4:55