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近鉄名古屋線の踏切を越えた私は旧伊勢別街道に沿って、一身田中野の住宅街を西から北に向かって進む。普段、この辺りを車で通る時、道幅が広く走り易い三重高等自動車学校等がある方の道を利用することが多い。街道は、過去に車で数回通った記憶があるだけで、なじみのない風景に胸が高鳴る。
道は利用する人々のニーズによって姿や役割を変えていく。昔のメインストリートだった街道は、結ぶ地点などのコンセプトは受け継がれつつも、より時代のニーズに即した道に主たる役割を譲っている場合が多い。特に旧街道沿いは、道沿いに家がぴったり立ち並んでおり、車社会に合わせた拡幅などが難しいため、主に地域住民の生活道路として利用されている。言い換えれば、普段通る人の大部分が地域住民ということで、それ以外の人たちは余り目にしない光景が楽しめる。立派なお屋敷や土蔵を見れば、先祖から代々受け継いできた努力に敬意を抱かずにはいられないし、表札に刻まれた苗字や軒先におかれた自転車などにも目をやりながら歩いていく。徒歩の魅力は、五感から得られる圧倒的な情報量に尽きる。
よく自分の住んでいる地域を紹介する時、「何もない」という言葉を使いがちだが、断じてそんなことはない。個人の存在は唯一無二で誰一人として同じ個性を持っていない。その個人が集まって生まれる人々の営みもまた唯一無二。その結果生み出される風景は、ごくありふれた〝どこにでもある〟と錯覚されがちだが、実は〝どこにもない〟唯一無二の風景。これに気付くと、どこに行っても楽しくなる。
なにより私たちは、自分が考える以上に身の回りのことを知らない。何十年住んだり、仕事などで訪れていた地域でも、多くの人が同じ道を同じ交通手段で通ることが多いことに起因する。この企画成功のために日常生活でも、ほぼ毎日10㎞前後は歩くようになったが、それに伴い会社の周辺や、自宅の周りの車では入り難い細い路地にもくまなく入ることを意識するようになった。すると、路地裏にひっそり佇むお店や史跡。それらと共に景色を構成する町並みや自然など様々な「新発見」があった。スマートフォン片手に歩けば、知らない花の名をすぐに調べることができるし、花の咲く時期もおぼえられ、香りを楽しむことだってできる。ひと昔前までは教養を身につけなければ漉しとれなかった情報が容易に可視化できる時代が来ている。
街道をゆっくりと歩きながら私は、豊かさの本質とはなんだろうと思いを巡らせる。お金はもちろん大切。物質的な豊かさが不足すれば、精神的に歪んでしまうことだってある。一方、上を見上げれば青天井。「足るを知る者は富む」というように、豊かさとは突き詰めると自分の認知の問題。私は、徒歩旅をするようになって自分の人生が確実に豊かになった。「知る」を意識して歩く中で、小さな楽しみと毎日のように出会えるからだ。この旅が終わる頃にはもっと豊かになっているに違いない。(本紙報道部長・麻生純矢)
2023年4月13日 AM 9:19